アメリカの民主主義の後退はエリート層で起きており、世論はいまだに民主主義を支持しているという調査結果
●概要
アメリカで民主主義が後退していることは多くの調査研究や記事で指摘されてきた。共和党と民主党の対立や、これまで無視されてきた多くの貧困層の反発がその要因として取り上げられることが多い。
先日、2024年3月18日に公開された論文「Uncommon and nonpartisan: Antidemocratic attitudes in the American public」( https://doi.org/10.1073/pnas.2313013121 )は、大規模なパネル調査に基づき、アメリカ人の多くは民主主義を支持しており、共和党支持者と民主党の支持者の間で大きな違いはないとするだった。民主主義を支持していないのはエリート層であり、エリート層は民主主義を支持しない発言を繰り返していたが、受け入れられてはいない。
しかし、この結論は民主主義にコミットしていない政治家に多くの人々が投票しているという事実と矛盾する。論文では民主主義の支持を投票行動に反映させるよう啓発しなければならないとしている。
●感想
多くのアメリカ人が民主主義を支持していて、エリート層が分断や反民主主義方向に向かっているという結論にはいろいろ考えるところがあった。また、若年層では民主主義を支持してない傾向も出ている。
手法や仮設に立て方に問題がありそうな気もするが、参考になりそうな箇所もありそう。
ただ、調査結果そのものよりも調査によって異なる結論が出る理由を体系的に整理する必要性がある。科学方法論とかメタなアプローチが必要になってきた気がする。
余談ですが……
以前から私は「多様な科学」があると言っている。多くの場合、「科学的」という言葉は「同じ条件下で、同じことを行えば、同じ結果が出る」という前提に基づいているが、これは量子論やカオス理論とは相容れない古典力学あるいは単純な機械論的な考え方だ。
また、統計学、特に因果推論の権威であるジューディア・パールは『因果推論の科学 「なぜ?」の問いにどう答えるか』(ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー、文藝春秋、2022年)の中で下記のように書いている。
科学的結論は複数存在する。今回の論文は多くのアメリカ人が民主主義を支持しない候補に投票する事実がおかしいとして、それを是正する方法を提言しているくらいに事実と相容れない結論にいたっているが、これもまたひとつの科学的結論だ。
なにを言いたいかというと、これから「多様な科学」が急速に増加し、異なる結論を提示してくる。その時、従来のファクトチェックやリテラシーでは対処できない。「多様な科学」が存在することを前提とした対処が必要になる。それをせずに、自分の信じる科学的結論だけが正しいと主張するのは陰謀論と変わりなくなる。
偽情報、情報戦、認知戦は「多様な科学」を前提として対処しなければならない。さもなければ容易に陰謀論というラベルを貼られてしまう。
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