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多様な現実と多様な科学に関する補講

「多様な科学」は現在の科学および世界のあり方を理解するうえで重要な概念であるにもかかわらず、理解しにくい部分も多く、毎年、希望する本学学生に対して補講を行って理解を深めてもらっている。
この補講では理解のさまたげになっている箇所に焦点をあてているので、この補講を受けたあと再度自分で全体をおさらいすることをおすすめする。


●現実と科学は本質的に多様である

人間が現実を理解するには因果関係と体系的な構造が必要ということはみなさんおわかりですね。現実に応用可能なほとんどの知見は因果関係によって成り立っている。この因果関係とその体系はモデル化され、実験や観測などによって、検証される。
実験や観測によって検証されるためには測定可能な項目が必要となる。これらの項目とモデルの間にも因果関係がある。モデルそのものが実験、観測可能になるにはモデルが真とした場合に起きる測定可能な数値を設定する。因果関係の想定だね。モデルそのものおよび検証は、因果関係として整理され、因果ダイアグラムや因果方程式の形で表現される。

モデルの因果関係は科学的仮説によって異なり、同じモデルでも検証方法によって因果関係が異なってくる。ここで思い出してほしいのは、ランダム化比較試験(RCT)だ。どのような仮説、モデルでもあらゆる可能性を考慮したものにはなり得ず、その時点で技術的に測定可能な可能性、主流のモデルと整合性のあるものに限定される。意識的あるいは無意識に対象にならなかった項目の違い、逆に言えばモデルおよび測定項目にとりあげられたものによって因果関係は異なり、結論も異なってくる。そしてそれらは互いに矛盾しない
したがって、検証可能な異なる科学理論が複数存在できることになる。このことは科学理論を時系列に並べて比較し、それぞれを正しい科学理論とできることから実態に適合している。科学が異なるなら当然、科学的に確認される事実や現実も異なってくる。

現実と科学は本質的に多様なのである。

●史的展開

過去の講義と重複(2.疾病地政学の暴露から現在まで)するが、史的な展開についてもお話ししておく。多様な科学は科学であると同時にきわめて政治的でもある。なぜならモデルの選択や決定は人間が恣意的にできるからだ。

”多様な科学”=Variety of Scienceは、2025年頃に生まれた概念で、2030年代に大きく成長した。端的に表現すると、すべての科学は前提とする思想や理念によって異なる体系を持ち、それぞれが”科学的”であるとする考え方である。”多様な科学”には、Alternative Scienceなど他の呼び方もあるが、多くは卑下あるいは揶揄したニュアンスを含むものであるため、ここでは”多様な科学”を用いる。
背景にあるのは2005年代頃から続く”再現性の危機”だ。多くの科学論文で再現性が50%を下回ることが判明した(*1)。再現性とは、論文と同じ調査や実験を行って同じ結果が得られることを指す。再現性が50%以下ということは、その論文に書かれた内容と同じ調査や実験を行っても同じ結果になるのは半分以下ということを意味する。医学も”再現性の危機”に見舞われ、治験の信頼性が大きく損なわれることとなった。
”再現性の危機”に見舞われなかった科学の特徴は、観察者(実験者)と対象を研究対象に含めている、誤差を研究対象に含めている、実験や調査結果をアプローチにフィードバックしている、の3つだった。たとえば量子論やカオス理論などはこれらの条件を満たしていたが、多くの分野の科学はこれらの条件を満たしていなかった。たとえば治験においては実施する関係者や治験を受ける人々の「心」の状態(文脈的に心理学とは表記するのはふさわしくないため、一般的な慣習に従ってこの言葉を使う)が結果に大きな影響を与えることが知られているにもかかわらず、それを誤差として排除する方法論しか取らなかった(カオス理論が誤差の研究から始まったことに注意)。
*「心」については現在量子論で盛んに議論されている”汎心論”を参照。
このアプローチは、「現実に合わせて仮説を修正するのではなく、仮説に合うように現実を修正する」もので科学的とは言えない。ただし、当時多数派を占めていた機械論的世界観によくあてはまるため、ほとんどの科学者によって採用されてきた。
機械論的世界観とは、この世界は調査者や観察者がいなくても存在し、同じ条件で特定の事象が起きれば、常に同じ結果がもたらされ、それは調査者や観察者の有無や性質とは無関係である、とする考え方である。きわめて非科学的だが、わかりやすい。この非科学的態度は長い間にわたって科学界を支配し、量子論やカオス理論が世に出ても変わることはなかった。さらに機械論的世界観は日常生活やビジネスの現場でも、尊重すべきアプローチとされた。驚くべきことに、全く科学的ではない機械論的世界観は”科学的”、”論理的”と考えられていた。機械論的世界観が教条的に社会を支配していたことからこの時代を科学暗黒時代と呼ぶこともあるくらいだ。
”再現性の危機”が生まれた背景にはいわゆる”研究サプライチェーン”の問題も大きかった。研究に当たって必要なデータや資金あるいは人材などには提供元が存在し、そこに偏りや問題があれば、研究成果に影響を与える。結果合目的に多くの研究は政治的に利用されるため、あるいは企業の利益を増やすことを目的としていると言える。
研究サプライチェーンの支援者である政府関係者や企業経営者の多くが機械論的世界観を信奉していたことも事態の改善を妨げた。経済的影響力、社会的影響力を持つこれらの人々が非科学的な機械論的世界観を支持していたことはコロナを始めとするパンデミックや気候変動への対処を教条的、非科学的(本来の意味で)なものにしてしまった。

悪魔の処方箋と呼ばれた疾病地政学、https://note.com/ichi_twnovel/n/n90ead793c6c4

背景にAIの発展があったことも重要だ。新しいモデルに基づく科学理論の体系の構築は人手でやれば長い時間が必要になる。AIによって、体系の構築と効率的な検証を進められたおかげで、世界に多様な科学と現実が広がることになった。
科学と現実の担い手がLLMが注目され、AIの可能性がさかん議論された頃には想像もされなかっていなかった。しかし、今日の世界では科学も現実もAIなしには成立しない。



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