ウクライナを巡る状況を各分野の専門家がコンパクトにまとめた良書『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』
『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』(東大出版会UP plus、2022年8月3日)を拝読した。各専門家がそれぞれの分野から見たウクライナおよび世界の状況を解説していて大変わかりやすく、読みやすかった。
●本書の内容
本書の論考は執筆者それぞれがそれぞれの知見にもとづいて書いており、ウクライナそのものよりも世界がどのように反応し、どんな影響を受け、これからどうなるかについて解説している。
執筆者各人のテーマは下記である。
鈴木一人 対露経済制裁
小泉悠 ウクライナとロシアの軍事
鶴岡路人 欧州の脱ロシア化
森聡 アメリカの「ポスト・プライマシー」
川島真 中露関係
池内恵 中東
本書のタイトルは『ウクライナ戦争と世界のゆくえ』だが、今後のことについてはどの執筆者も明言していない。いまの段階でこれからどうなるか明言出来る方がおかしいと思うので誠実な書き方だと思う。
執筆者の視点はそれぞれ異なるが、ほぼ共通しているものがあったように思う。
・先進国あるいは西側が主体となって進めているウクライナ支援や対露制裁に、それ以外の国は状況や自国の便益を考えて対応しており、諸手をあげて賛同している国はほとんどない。
・アメリカやEUの戦略の変化は関係地域のパワーバランスに影響を与える。その戦略の変化に対応するためには、ロシアの軍事力が必要な場合、地域もある。ロシアの全面的な弱体化、自国以外への干渉からの撤退を望まない国も少なくない。
・アメリカもEUもロシアの影響力を減少させた後の世界でのバランスや自国の役割をまだデザインできていない。
本書はそれぞれの論考がコンパクトにまとまっている分、他で知ることのできるものも少なくなかった。個人的には池内の中東の解説が非常に参考になった。そもそも中東のことをあまりよくわかっていないということもあり、歴史的背景も含めての解説には助かった。
●感想
本書は、それぞれの分野の専門家が現状で言えることを紹介している本なので、文句のつけようがないし、すごく読みやすい。その一方で目からウロコが落ちるというほどの驚きもない。ただ、ひたすら参考になった。
ただ、個人的に不思議だったのは下記に触れた論考がなかったことだ。
・アメリカ国内の状況
今年は中間選挙の年でもあり、2021年1月6日の議事堂襲撃事件以降、きな臭い雰囲気が続いていることは以前も下記に書いた。
ACLEDのレポートが暗示する暴力とオルタナ民兵の時代
暴力と不安定のアメリカ Foreign AffairsでSpotlight: American Democracyメモ
ACLEDはさらに中絶問題で武装化した過激なグループの活動が活発になっている警告も出している(Abortion-Related Demonstrations in the United States、2022年6月23日、https://acleddata.com/2022/06/23/abortion-related-demonstrations-in-the-us/)。
アメリカ国内は火薬庫のような状況になっていて、共和党はそこに加担しているようにも見える。アメリカ国内の不安定化はウクライナへの対応はもちろん世界への影響も大きいと思う。
・「自由で独立したウクライナ」の実現にとっての「ロシアのウクライナ撤退」は必要条件であって充分条件ではないので、後者が実現しても前者が実現するとは限らない。ウクライナ侵攻が落ち着いた時にそれがが顕在化する。その時なにが起こるかについて触れた論考がなかったのは不思議だ。
すでに欧米では懸念が出始めている。ロシアが撤退しても「自由で独立したウクライナ」が実現しなかったら、「あれ?」ってなるよね? 反響を呼んだ2022年8月1日のNew York Timesの記事「Why Pelosi’s Visit to Taiwan Is Utterly Reckless」(https://www.nytimes.com/2022/08/01/opinion/nancy-pelosi-taiwan-china.html)は、かなり露骨にそのことに触れていた(主たる話題は台湾だけど)。
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