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ウニとそばかす、地方の思い出

私は、都内に住みながらも東京に憧れている。

自分が都内出身だったらどれだけよかっただろう、文化に触れ合う機会が多く多様性がある環境で育てば、どれだけの可能性があったのだろう。

そう思うほど、田舎の集落に馴染めず苦しかった。

私は幼稚園を首都圏で過ごし、小学校手前にして地方に家族で越したのだが、小学校の卒業アルバムに載せた「私の宝物」は、神奈川の私立幼稚園でクラス全員から私宛にメッセージが載った、担任特製の記念アルバムだった。

その気持ちがあっても、それでも、その地域の良さであった「海遊び」について書き残していきたいと思う。

小学生の夏休み、よく海に潜った私の話を聞いてほしい。

夏だけのとっておきの冒険

家から徒歩圏内に小さな漁港がある。

少し歩けば岩場があり、ダイビングスポットとしてはかなりの知名度である場所である。水質も抜群に良い。
その海で仲の良い同級生とよく泳いでいた。男の子ひとり、女の子ひとり、そして私の3人。それぞれの兄弟も参加することもあった。

8月は意外と水温が低い。

波打ち際から足を踏み入れると、身がキュッと閉まるような水の冷たさに体を震わせる。ああ、海に戻ってきたという喜びの震えもある。

そのまま歩みを進めて、水面が腰までくるぐらいでシュノーケルに唾をペッと吐き出す。ダイバーである父から教わった簡易的な曇り止めだ。それを海水で軽く流してやり、シュノーケルとフィンを装着する。

顔を沈めれば別世界だ。
すぐそこに鮮やかな小魚が群れをなしていて、波に揉まれながらも必死に身を寄せ合っているのがよく見える。
遠くを横切る大きな回遊魚、岩陰からこちらを見つめるウツボ。海面に浮かびながら波に揺られ、海底を眺めるだけで時間が溶けるように過ぎてゆく。

素潜りも得意だった。
勢いをつけ潜り込むと、今まで遠くから眺めていた景色が目前と迫る。潜った拍子に細かな海藻たちが舞って、岩肌がゴツゴツと身体に触れる。
海水での浮力で浮きそうになる身体は、岩を掴んだり手頃な石を抱えることで、息の続く限り海底の世界を楽しむことができる。

微生物が住まう岩肌の感触を楽しんだり、すれ違う魚を背景に、ナマコや小さな貝、イソギンチャクのゆらめきを眺めて遊んだ。

ふと水面に顔を出すと、友だちのうち1人が浮輪を抱えて沖合にやってくるのが見える。それを合図に、もう1人の友達も集まってきて3人で浮輪を中心に身を寄せ合う。いつもの流れだ。

海岸からしばらく泳いだところに、人工的な小島がある。

そこまで行くには、沖に流される強い水流を横切らないといけない。(※1)
足もつかぬ十数メートルの深さである。そこを超え、小島に向かうことは、私たちにとって冒険のような認識だった。

海岸沿いから離れ、浮輪の紐部分に手をかけて泳ぎ進める。
水深が深くなるにつれて、海底の色も泳ぐ魚も様変わりしてゆく。横腹に当たる波は徐々に強くなり、最短距離で泳いでるつもりが右に左に道が逸れてゆく。海底の不恰好な岩を目印にするとそれがよくわかる。

時折、海面から顔を上げて居場所を確認しながら、浮き輪越しに友だちとペチャクチャとおしゃべりして足を動かし続けた。

小学生には海底は途方もなく遠くに感じた。海底の大岩と自分のあいだは、海面と海底の水温差によって不気味なもやがかかっていた。
海岸沿いとは水温も海中の様子も違う。少し怖さも感じながらも泳ぎ進めてゆく。

小学生の脚力では進む速さはたかが知れていて、体感では長い長い旅のようである。やっとのことで小島を目の前にすると、無くさぬよう浮き輪を小島の上に置き、波に気を払ながらぞろぞろと上陸をする。
波も強いので、小島の硬い岩肌に体を打ち付ける可能性があるからだ。波の動きを読み切り、タイミングを見計らってよじ登るのはコツがいる。

座り心地の悪い小島に腰を下ろし、海岸を見つめるのは良い景色だった。

当時は景色に感動を覚えるほど感性が育っていなかったが、最初に海に入った地点が遥か彼方にある。
海岸沿いで監視役をしている母親は点に見えた。

それでも、ここまで来たのかという達成感と、近くの海岸に打ち付けられる波の壮大さに特別感を覚えずにいられなかった。
呼吸を整えたら、友だちたちと浮き輪を手にして海岸に向かってゆく。帰り道は行きと比べればあっという間だった。

余談として、大人になってから行った時は5分もかからずの場所であった。しかし、子供の脚力と感性では遥か遠くに感じるのだろう。
この歳になっても未だ、特別な場所として記憶している。

小島から飛び込む、大人になってからの友人

3人で何事もなく海岸に戻ってゆくと、先程の沖合の水流で身体は冷え切っていっており、地上にそそくさと戻ってゆく。
8月の強い日差しは身体を温めるのにぴったりだった。

日向ぼっこも飽きた頃、道具をその辺に投げ捨てて裸足でペチペチと隣の漁港へ向かう。その漁港にはウニが群生していて、波打ち際の岩間に黒いトゲトゲがみっちりと詰まっているのだ。

岩場にしがみついているウニも、慎重に掴めば素手でも取れる。

先程までいた沖合の冷え切った水温に慣れきったので、私たちには漁港の水温はぬるく感じる。そのぬるい海水で育ったウニを地面で割り、ぬるい中身を食べるのであった。

それは海水で塩辛いし、生暖かくて、美味しいものではなかったが、大人になった今でも記憶に残る味である。※1

盆シーズンまでに何度も海水浴をしていた私たちは、夏休みが明けると小学校の誰よりも小麦色の肌をしていた。
大人になった今でも、紫外線のダメージとして身体中にそばかすが残っているぐらいだった。

時は戻り現在。
私は美容のために比較的高価な化粧品を買い揃えている。しかし、どれだけケアをしてもそばかすは消えない。皮膚科治療をしなければ消えるものではないのは早いうちにわかった。
整えた肌の中に浮き出るソバカスを見るたびに、東京のマンションの一室から遠い記憶の中にある海に思いを馳せる。

身体に染み入るような夏の日差しの気温、海中の冷え切る水温。絶え間なく岩に当たる波の大きな音、海底に響き渡るチャリチャリとした岩が擦れ合うの音…

五感が喜んでいた海での時間は、一生心に残るだろう。
そして思い出の分だけ、そばかすが残っているような気がしてならない。

2023/04/02
ukaukiwa.

<注意書き>
※1 強い水流と書きましたが、海水浴シーズンに海難事故の原因にもなりかねない離岸流と言われています。
(小学生である当時の私たちも、地形や水流を熟知しているダイビング組合によって遊泳禁止区域をいくつか伝えられています)

※2 許可のない個人の採捕は漁業権の侵害となり密猟にあたる可能性があります。トラブルに遭わぬよう、区域などよく調べた上で磯遊びを行って頂きたいです。


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