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サッカーと営業

――大嫌いなはずの数字の話。

私は20歳の2月にサッカー指導と営業を行う会社に飛び込んだ。

「スクール」といえば、単に初心者の子供達に指導する仕事だと当初は思い込んでいたし、指導者という職種をそこまで深くは考えていなかった。

しかし、そこで目の当たりにしたのは指導者としての業務よりも営業者としての立場の大きさ。

「普及活動」であるからには、当然だと言われてしまうかもしれないが、
自分自身その営業といわれる仕事を 食わず嫌い していた。

「うちのクラブでサッカーやりませんか?」って
「楽しいからおいでよ!」って…

「興味を持っていたら自分から入らない?」
「その数字の意味って?」
「必要としてくれる人にしてあげれる事を増やす方がいいいじゃん」


毎月与えられる数字を追いかける意味や価値を当初の自分には理解できなかった。

習い事は学校とは異なり、やりたい子がやり続けて 辞めたくなったら離れる ことができる。できちゃう。
だから、子供や保護者が合わないと思ったら辞めるという選択肢が常にある。

数字の意味やそこにある価値をはっきりとは理解できないまま、上司に言われたことや目標をただがむしゃらに追い続けた。

3年間でいろんな意味や価値を見出すことができた今、
そこにあるのは

「見せ方のプロ」であるかどうかだと感じる。

そのクラブやサッカーというスポーツを
出会って数分の他人にどれだけ自分の力を使って魅力を伝えられるか

「この人が言うなら…」「魅力的だ」
と数分で思ってもらうことが必要だからである。

それを、半分の割合でサッカーも何も興味・関心の無い人に話すわけだ。
本当に、プロだな。と思う。

この営業という職種を離れて、私は今後さらに教育や指導の場に少しづつ足を深くまで踏み入れて行くわけだけれど、
これはきっと、
自分がこれからも必要とする要素の1つである。

「自分の良さはこれです。」「自分ってこんなところがあります。」って出逢った人に対して数分で伝えられる人って
列記とした才能だと思う。

でもその才能は、元々備わっているのでなく

やっぱり日々の気持ちの状態や、姿勢や、行いが
伝わるものである。

最初はとことん意識付けした見せ方

は必ず自分自身の魅力となって 伝えようとしなくとも伝わっていく ――

"そこに意味や価値を置いた。"

関係を築いていく上での信頼性とその人から溢れ出るその人の魅力
はきっとどっちもホンモノだと思う。

―「あの人が言っているから。」
で、人の心を動かしたい。







ジャパネットのTV、最近もやってる??




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