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プラスチックリサイクルにおけるリグニン(産業史、特徴、及び将来展望)

1.産業界におけるリグニンの使用の歴史と状況

多くの植物の細胞壁に含まれる複雑な有機ポリマーであるリグニンは、主に製紙の副産物として何世紀にもわたって産業界で知られてきました。しかし、その産業用途は時とともに大きく進化しました。

  • 1800年代:リグニンは製紙業界では主に廃棄物と見なされ、エネルギー回収の為に燃やされることが多かった。

  • 1900年代初頭:研究者はリグニンの潜在的な用途の調査を開始しましたが、その複雑な構造の為進展は遅かった。

  • 1940年代~1950年代:リグニンはコンクリート混和剤の分散剤として、また動物飼料ペレットの結合剤として使用されるようになった。

  • 1960年代~1970年代:石油危機により、再生可能な資源としての可能性を持つリグニンへの関心が再び高まった。

  • 1980年代から1990年代:バイオテクノロジーと化学分析の進歩により、リグニンの構造と特性に関する理解が深まりました。

  • 2000年代から現在:環境問題への関心の高まりと持続可能な材料への要求により、プラスチックや複合材料を含むリグニンの用途に関する研究が活発化しました。

リグニンの工業的利用を推進する状況は、廃棄物管理から付加価値用途へと移行し、現在は石油ベースの製品に代わる再生可能で生分解性の代替品としての可能性に焦点が当てられています。

2.リグニンの一般的な特性

リグニンには、様々な工業用途に魅力的ないくつかの独自の特性があります。

  1. 構造:フェニルプロパン単位の複雑な3次元ポリマーネットワーク。

  2. 豊富さ:セルロースに次いで2番目に豊富な天然ポリマー。

  3. 生分解性:セルロースよりも遅いものの、自然に生分解されます。

  4. 抗酸化特性:天然の抗酸化物質として機能するフェノール基が含まれています。

  5. UV安定性:紫外線に対する保護を提供します。

  6. 熱安定性:ガラス転移温度と分解温度が高い。

  7. 結合能力:粒子状材料の効果的な結合剤として機能します。

  8. 化学反応性:官能基が豊富で、様々な化学修飾が可能です。

  9. 疎水性:一般的に耐水性があり、材料の耐久性を高めます。

  10. ポリマーとの適合性:様々な合成ポリマーや天然ポリマーと混合できます。

これらの特性により、リグニンはプラスチックのリサイクルや持続可能な材料開発の用途に特に興味深いものとなっています。

3.廃プラスチックのリサイクルにおけるリグニンの使用シナリオ

リグニンは、廃プラスチックのリサイクルにおいていくつかの役割を果たす可能性があります。

  1. 生分解性添加剤:リグニンをリサイクルプラスチックに組み込むと、生分解性を高めることができます。

  2. 充填剤/強化剤:リグニンは、リサイクルプラスチック複合材の低コストで再生可能な充填剤として機能し、機械的特性を向上させる可能性があります。

  3. 相溶化剤:改質リグニンは、異なる種類のリサイクルプラスチック間、または複合材料中のプラスチックと天然繊維間の相溶性を向上させるのに役立ちます。

  4. 酸化防止剤:リグニンの抗酸化特性は、リサイクルプラスチックを安定化させ、その耐用年数を延ばすのに役立ちます。

  5. UV安定剤:リサイクルプラスチックにリグニンを追加すると、UV劣化に対する耐性が向上します。

  6. 難燃剤:リグニンの構造は、リサイクルプラスチック製品の難燃性の向上に貢献します。

  7. バイオベースプラスチックの前駆体:リグニンを化学的に改質して、リサイクルプラスチックと混合できるバイオベースプラスチックを合成する為のモノマーを生成することができます。

典型的なシナリオは、廃プラスチックを収集して分類し、それらを小さな粒子に粉砕することです。リグニン(化学的に改質されている可能性があります)は、必要に応じて他の添加剤とともに、これらのプラスチック粒子と混合します。その後、混合物を溶融処理(押出し成形や射出成形等)して、特性が向上し、環境プロファイルが改善される可能性のある新しいプラスチック製品が製造されます。
このようなリサイクルプロセスは、弊社が得意とするところで『廃棄プラスチック+リグニン+α』によって、プラスチックリサイクル率向上、付加価値があるリサイクル材料の提供が実現しています。

4.リグニンの可能性を模索する企業や研究機関とその実施例

世界中の多くの企業や研究機関が、プラスチックリサイクルや持続可能な材料におけるリグニンの可能性を模索しています。以下にいくつかの注目すべき例をまとめます。

日本

  1. 日本製紙:プラスチック代替品を含む様々な用途向けのリグニンベースの材料を開発しています。

    • 研究の焦点:ポリマー用途向けの高純度リグニン抽出と改質。

  2. 住友ベークライト:リグニンベースのフェノール樹脂と複合材料に取り組んでいます。

    • 製品:耐熱性が向上したリグニンベースのフェノール樹脂「S-Lec」を開発しました。

  3. 京都大学:リグニンの価値向上に関する広範な研究を実施しています。

    • 注目すべき研究:リグニンをプラスチック製造用の高価値芳香族化合物に変換する方法を開発しました。

  4. AIST(産業技術総合研究所):様々な用途向けのリグニンベースの材料を研究しています。

    • プロジェクト:プラスチックやその他の材料に使用する為の高純度リグニンを製造するプロセスを開発しました。

国際

  1. StoraEnso(フィンランド/スウェーデン):

    • 製品:StoraEnsoのLineo™。合板、配向性ストランドボード(OSB)、積層ベニア板(LVL)、紙ラミネート、断熱材の樹脂に含まれる化石由来のフェノール樹脂を置き換えるリグニンベースの製品。

  2. Borregaard(ノルウェー):

    • 製品:LignoTech。コンクリートの分散剤や動物飼料の結合剤等、様々な用途に使用されるリグニンベースの製品シリーズ。

  3. AttisIndustries(米国):

    • 研究:リグニンベースのバイオプラスチックの開発と、リサイクルプラスチックにリグニンを組み込む方法の調査。

  4. UPM(フィンランド):

    • 製品:GrowDex®。3D細胞培養用のセルロースナノフィブリルハイドロゲル。リグニン-セルロース複合材料の可能性を実証。

  5. LigninIndustriesSA(スイス):

    • 重点:石油由来の化学物質や材料に代わるリグニンベースの代替品の開発。

  6. OakRidgeNationalLaboratory(米国):

    • 研究:リグニンを再生可能な3D印刷材料として使用する方法を開発。リサイクルプラスチック複合材への応用も検討。

  7. UniversityofWarwick(英国):

    • 研究:リグニンを単純な化学物質に分解する方法を開発。新しいプラスチックの製造に使用できる。

  8. KTHRoyalInstituteofTechnology(スウェーデン):

    • 研究:リグニンベースの炭素繊維とリグニンプラスチック複合材の研究。

これらの例は、付加価値製品を模索する製紙会社から、リグニン科学の限界を押し広げる専門のバイオマテリアル企業や学術機関まで、様々な分野でリグニンへの関心が高まっていることを示しています。

5.プラスチックリサイクルにおけるリグニンの将来的な必要性、展望、課題

必要性

  1. 持続可能性:世界が化石燃料への依存を減らそうとしている中、リグニンはプラスチックの生産とリサイクルの為の再生可能な代替手段を提供します。

  2. 廃棄物の削減:製紙業界の廃棄物から得られるリグニンをプラスチックリサイクルに利用することで、循環型経済のアプローチが生まれます。

  3. 特性の向上:リグニンはリサイクルプラスチックの特性を向上させる可能性があり、バージン素材との競争力を高めます。

  4. 生分解性:リグニンをプラスチックに組み込むことで、環境におけるプラスチックの持続性の問題に対処することができます。

展望

  1. バイオベースプラスチック:リグニン由来のモノマーは、まったく新しいクラスの持続可能なプラスチックの基礎となる可能性があります。

  2. 高性能複合材:リグニンプラスチック複合材は、自動車、建設、消費財業界での用途が見込まれます。

  3. リサイクル経済性の向上:リグニンを低コストの充填剤として使用することで、プラスチックのリサイクルをより経済的に実現可能にすることができます。

  4. 多機能添加剤:リグニンの様々な特性(抗酸化、紫外線安定化、難燃性)により、プラスチックの配合を簡素化できます。

課題

  1. 不均一性:リグニンの複雑で可変的な構造により、一貫したパフォーマンスを得ることが困難になることが考えられます。

  2. 適合性:リグニンと様々なプラスチックタイプ間の良好な適合性を確保することは、依然として技術的にハードルが高いことは事実です。

  3. 色:リグニンそもそもの色調の影響で、淡色または透明のプラスチックアプリケーションでの使用は制限されてしまいます。

  4. スケールアップ:実験室での成功から工業規模の生産と実装への移行では想定外の課題が発生しており、スケールアップには、今後も検討が必要です。

  5. パフォーマンスの最適化:リグニン含有量と望ましい材料特性のバランスを得るには、様々なシミュレーションやトライアルの時間が必要です。

  6. 規制承認:リグニンを含むリサイクルプラスチックが、様々なアプリケーションの安全性とパフォーマンスの基準を満たしていることを確認する必要があります。

  7. 市場での受け入れ:市場でのリグニン改質リサイクルプラスチックに対する潜在的な抵抗があるので、それを解消する施策が必要です。

これらの課題に対処するには、継続的な研究、開発、学界、産業界、規制機関間の連携が必要です。しかし、リグニンをプラスチックリサイクルプロセスに組み込むことで得られる潜在的なメリットを考えると、これは今後の開発にとって刺激的で有望な分野です。

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