握手してください⑤

黒い車

卒業式を迎えた。
朝課外はない。

それでも私は、7時前に家を出る。
道中で先生に会えるかもしれないから。

その日は歩いて行った。
卒業式が終わるころ、雨が降る予報だったから。

先生には会えないまま、高校に着いた。

今日が最後か、と下駄箱を通り過ぎて
ずっと気になっていた職員駐車場まで歩いた。

黒い車、黒い車…あ、あった
先生の車、黒の車、大きくてかっこいい車。

卒業式

私はずっと泣いていた。
さあ、いよいよ最後だ、これでお別れだ。

式が終わったあとアルバムを持って
友だちと職員室へ向かった。

お世話になった先生に挨拶をするために。
アルバムにひとこと書いてもらうために。

生徒がちらほら帰っていく中、
職員室で友だちと先生たちと話していた。

後ろでバタンと音がした。

先生だ。

友「あ、先生〜アルバムにひとこと書いて!」
先「おお、いいよ〜なんて書こっかね」

友だちが先生に話を振って、アルバムに
コメントを書いてもらっている。

友「あとで教室来てって今言いな(小声)」
私「え、あ、ちょ」

どうしよう、なんて言おう。
固まってしまう私を横目に友だちが続ける。

友「ねぇ先生、ちいがね、あとで教室来てってさ」
先「ちいたちのクラス?」
友「ね、ちい?」
私「うん、うんうん、ちょこっとだけ」
先「わかった〜ちょっと片付けて行くけん〜」

友だちのナイスプレーで先生と話せることになった。
もうこのまま、2人で話せないと思っていたのに。

友だちは連絡待ってるね、と帰って行った。



教室の一番前、教卓の目の前、それが私の席だった。
アルバムを見て、先生を探す。

「ちい〜」

ぽりぽりと頭をかきながら先生が教室に入ってくる。

ああ、これで本当に最後かと、ぽろぽろと溢れだす涙を
止めようと必死になる。

私「ちょっと待ってね、先生、アルバム書きよって」

落ち着くまでアルバムにひとこと書いてもらおうとした。

先「ペン貸して」
私「うん」

先生は、私がこれから何を言うのか
気付いているんだろうか。
たぶん、気付いているよね。

書き終えた先生がアルバムを私に戻す。

教卓に手をついて、先生が立っている、
その目の前で、私は俯いて泣いている。

先「ちい、泣き虫やね〜」

ああ、最後だ、本当の最後、
これを言ってしまったら、終わりだ。

私は立ち上がって、机に腰掛ける。

私「先生さ、もう会えんかなぁ」
先「ん〜そんなことないと思うけどな」
私「そうー?」
先「俺が学校変わるかもしれんけどねえ」
私「そっかー、転勤みたいなね」
先「そうそう」

当たり障りのないような返事。
先生はどう思ってるの。

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