『腐敗性物質』田村隆一
荒地派の代表的存在の一人・田村隆一の自撰詩集。自撰詩集に『腐敗性物質』というタイトルを付けた詩人の意図は分からないけれど、この“腐敗性物質”という言葉の強烈なイメージ喚起力は、田村隆一の詩の魅力を見事に捉えていると思う。
解説の平出隆は、
“「腐敗性物質」という語…の指すところはどうやら、私たちの「肉体」のことではなく、むしろ「魂」のことらしい”
と言うが、そしてそれは的を射ているんだけれど、僕はやはり、まず何よりも「腐敗性物質」であるしかない人間という、徹底した唯物主義をその出発点に据え、腐敗性という性質に人間の本質を観る詩人の批評性・哲学に、痺れる。
初期詩集『四千の日と夜』『言葉のない世界』『腐敗性物質・恐怖の研究』においては、死のイメージが強烈に作中のいたるところにリフレインしている。戦争という体験を生き延びた戦後派世代に共通の、あの屈折した生死観を、田村もまた創作の基盤に据える。「腐敗性物質」という言葉が象徴するものは、確かに戦後のあの時代と密接に絡み合っている。
後年になって発表された『奴隷の歓び』においても、人間を「物」と捉える表現は共通しているようだけれども、初期作品のプリミティブな剥き出しの「腐敗性物質」とは少し様相が異なり、複雑化した社会における人間が強いられる非人間的なあり様という、より象徴性が強まり、多義的なイメージを受ける。
どちらも優れた詩的表現であることは自明として、やはり初期の、観念を突き抜けて肉体そのものから立ち昇るような死臭の強烈さが、今は強く印象に残る。
とはいえ、詩人が選び配置した古い詩と新しい詩との重なりと隔たりを読み味わってこそ、この詩人と真に出逢える瞬間なのだろう。それまで何度も取り出して読み直す。