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【小説】私を裸で泳がせて

泳ぐときは裸がいい。
水着は薄っぺらいけれど、あのたった一枚の布がプールでの開放感を台無しにしてしまう。

私は以前、裸で泳いでいた。
素肌で感じる水の冷たさと太陽のジリジリとした日差しを全身に浴びる。そして大声をあげながらプールではしゃぐ。それが私の夏の過ごし方。
なのにいつの間にか、むりやり水着を着させられ、身体が締め付けられる思いをしながら泳がなければならなくなった。

どうして、裸で泳いではいけないの。

何度もこの疑問を周囲にぶつけたけれど、納得できる答えは得られなかった。

裸は恥ずかしい?
裸はおかしい?

おかしいのは、納得できる理由を用意できない周囲の人たちだ。

男子は水着を着ない。
いえ、着てはいる。でも下だけだ。
どうして女子だけ、上下を隠さないといけないの。
いったいなにが悪いっていうの。

ああ、この答えはいつまで経っても得られないのかもしれない。
今日もまた、水着を着ながら泳ぐことになる。納得できないままで。

私はオレンジ色のビキニを着ている。本当は赤がよかったけれど、私には似合わないという致命的な欠点があった。

オレンジは空や海の青と相性がいいよ、という店員のおばさんの言葉を信じてオレンジにしたけれど、やっぱり好きな色を着たほうがよかったかもしれない。胸元に大きくあしらわれているリボンがそこはかとなくダサい気もする。

「ななちゃーん。私、今日は涼くんと一緒に泳ぐよ~」

「わかったー」

プール仲間のランちゃんだ。いつも通りピンク地に白の水玉模様が入った水着を着ている。ガキっぽいなぁ、と思うけれど、ツインテールのランちゃんにはそのガキっぽさがお似合いだ。

最近、ランちゃんは涼くんと付き合いだしたらしい。「いつか涼くんのお嫁さんになる!」なんてバカなことを言っている。

私もランちゃんも、これからまだまだたくさんの男子と出会えるはず。ここで手をうつなんてもったいない。涼くんはプール仲間の中で一番速く泳げるし、顔もいい。親も優しそうだ。

それでも、だ。

私はもっといろいろな男子と出会い、遊び、それから「お嫁さん」になってあげたい男子を選ぶんだ。このオレンジの水着と違い、今度は妥協せずに納得のいくものを選ぶ。自分の意思で。

「……水着、脱いでみよっかな」

プールサイドに立つ私を気にしている人はいない。今なら裸になっても気づかれないかもしれない。裸になって水に入れば、あの気持ちのいい水の感触が直接肌で感じられる。

私は肩紐を外し、水着をグイッと上に引っ張り上げた。頭をすり抜けてあっけなく脱げる水着。あとは下を脱げば完璧だ。手にまとわりつく上半分の水着を振り落とし、私はワクワクしながら下の水着に手をかけた。

「なな! あなた、なにをしているの!!!」

「マ、ママ……」

さっきまでテラスでママ友とお茶を飲んでいたはずのママが真後ろにいた。バスタオルで身体を隠され、ものすごい勢いで怒られる。

「あーあ、ななちゃんママに怒られちゃってるよー」

「ダッサー」

後ろから私を笑う声が聞こえる。あぁ、どうしよう……ママに怒られる姿なんて、みんなに見られたくなかった。プール仲間には同じ小学校の子もいるから、きっと明日は学校で言いふらされてしまう!

男子と同じ、下半身だけ水着を身に着けた状態で、私は寒さと恐怖でガタガタと震え続けていた。


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