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〈ケアデザインサミット2023〉第二部くらしとテクノロジー―aba 宇井吉美さん

2月25日に開催された「いばふく ケアデザインサミット2023」。
福祉に従事する方を対象に、特別な「出会い」を提供し、多角的に福祉を捉えられる機会と実際の現場で活かせる知識や技術を提供するサミットです。
「あ、そう」の転換! ケアにひらめきを!
というキャッチコピーがつき、介護福祉の12名のスペシャリストが登壇。無関心が関心に変わる出会いと対話を体感できる講座が開かれました。

このイベントに、取材チームとして参加してもらった執筆家の山本梓さんに、レポートをお願いしました。すると、「感動しすぎたので登壇した12名すべての方を紹介します」という言葉が……! たしかに、持ち時間一人15分はもったいないくらいでしたね。福祉を外側から見た、山本さんならではの目線で自由に記事を書いてもらいました。
ぜひ、お楽しみください。


――わたしは、母方の祖母・おばあちゃまのことを思い出していた。
祖父が逝ったとき、「アフターファイブを楽しむわ」と、一人暮らしを決断したおばあちゃまの背中を思い出していた。あのとき83歳だったか。
たまに家に様子を見に行っていたわたしは、お風呂に一緒に入ることもあった。
「背中を流そうね」
そのときのおばあちゃまの背中。
相変わらずすべすべだ。けれど、いつの間にこんなに薄っぺらく、小さな背中になっていたんだろう。ちょっとでも爪をたてたら、簡単に破れてしまいそう。たっぷりの泡をつけて、大切に大切に背中を洗った――。

***

「高齢者の方は、肌が弱いですからね」
介護者を支えるためのロボット開発をする宇井吉美さんの言葉から、ふと昔のことを思い出していた。いかんいかん。宇井さんの面白い話を、聞き逃してはなるまい……!
宇井さんのこの言葉は、「ヘルプパッド」というにおいセンサーで排泄を検知するマットの開発秘話だ。高齢者の繊細な肌に、ひっかからないようにフラットなマットにする必要性があった、と。
大学から介護ロボットの研究開発をしてきた宇井さん。会社を起業して「現場に出なければ!」と介護現場にも飛び込んだ。こうして、介護職へのリスペクトと現場の要望に耳を傾け続け、生まれたのが「ヘルプパッド」。

介護の現場では、排泄課題が当事者と介護者の両方に大きな負担となっている。
「排泄課題ってすごく重たいですよね。時間も長いし、精神的負担も大きい。施設の中のおむつ交換業務だけにしぼったとしても、1日15時間以上おむつ交換をする時間がある。そのうちの20〜30%は空ぶり。おむつを開けたけれど、排泄がなかったということもある。あるいは、おむつの外に尿や便が漏れてしまっていると、服やシーツまですべて交換することになるので、10倍以上の時間がかかると言われています。
一方で、施設で生活をされている高齢者の方の多くはナースコールも押せないですし、トイレにも行けない。介護職のスタッフが来るのを待ち続けるしかないっていう状態です。おむつの定時交換というやり方をしていると、排泄があってから、次の定時交換までの放置時間が生まれてしまう。
両者にとってよくない状況である、と。特養の介護職さんに
『おむつを開けずに、中が見たい』
と言われました。
2008年、15年前ですね。そこから開発を始めました」

「ヘルプパッド」はシートの中に何個か穴が開いていて、そこからにおいを吸うにおいセンサーが内蔵されている。人間の鼻のように、においで排泄がわかるという製品だ。

驚くべきは、その開発方法。
宇井さん自身が実験台となり、おむつの中に排尿・排便をくりかえし、実験データを取り続けたという。
「会社では『排便プレイヤー』なんて呼ばれています(笑)」
現在は、さらに改良を重ねた新商品「ヘルプパッド2」が発売予定。
ベッドに敷くだけで、排尿や排便がわかる薄型のシートだ。



宇井さんが、ここまで心身を開発に捧げているのには、わけがある。
彼女の祖母の存在だ。
若くして、弟の世話をしていた今で言う「ヤングケアラー」だったというおばあさま。昭和を生きた女性で、ワンオペ・ワーキングママであり、子どもの独立後には宇井さんが生まれ、息つく間もなく孫育をしてくれたそうだ。

「60年をずっと誰かに捧げてきた人生だったんです。ある時ぷつっと糸が切れたようにうつ病になって。次は、私が祖母を介護する番でした」

支援者の負担が過度かかると、その人自身がつぶれてしまうと危惧するようになったという宇井さん。
「『支える人を支える』というのが、わたしのライフミッションです」

介護職の現場も体験している宇井さんは、おばあさまを介護していたときをふりかえり、ベストなケアをしていたのだろうか? と今でも思うことがあるという。

「私が介護ロボットの開発を進めていることを知っている介護職の方々は口をそろえてこう言います。
『カラダに機械をつけないで』
本人の生活が乱れてしまう、日常生活が送れなくなってしまうからって言うんですね。私はこの約束を、活動の理念にしています。人が人らしくケアを受けられるために、テクノロジーを使いたい。
最終的には、ドラえもんのお医者さんかばんの介護版をつくるのが夢です。ちょっとマニアックな道具なんですけど、このかばんを持っていれば、誰でもお医者さんになれちゃうってものなんです。たとえば、においで病気を見つけ出したり。誰でも簡単に扱えたり。
これからも、介護現場で働くみなさんとの対話とリスペクトをもって、研究開発を進めていきたいと思います」

***

――わたしは思い出していた。
背中を洗い終えさっぱりした顔のおばあちゃまがふりかえり
「あなたも洗ってあげるわね」と言ったことを――。


▼株式会社aba
https://www.aba-lab.com
▼note
https://note.com/abalab/all


text & photo by Azusa Yamamoto
photo(Main) by Takehiko Kobayashi


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