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〈だいじょーぶ!〉

常磐線のグリーン車に乗り、水戸に向かっている。到着の予定時刻を大幅に過ぎてもいまだ到着の気配がない。上野駅で買った駅弁を食べながら、遅々として進まない仕事のことを考える。夜の車窓が不安な顔を写し出す。
うまくいくだろうか……。
考えてもしょうがないことをループしていると、車内にアナウンスがかかった。
「この電車は大幅な遅れのため、行き先を土浦に変更。そこからは折返し、上野行きとなります」
声の主は、直前の変更を詫びている。次の停車駅が土浦だと告げる。目的地の一つ手前の土浦で乗り換えなきゃなのか、とがっくり。
その日は、くたくたな気分になって水戸に降り立つ。


久々のリアル開催「FUKUSHI BEANS'23」へ!


翌朝8時、ふたたび常磐線で内原駅へ。駅で待っていたのは、めぐちゃん先生。その後ろには大型バスが停まっている。促されるままに乗り込むと、学生たちがすでに乗車していて挨拶をしてくれた。
「それでは、出発しまーす!」と言って運転席へ乗り込むめぐちゃん先生。あ、あなたが運転するんですね。
めぐちゃん先生の華麗なハンドルさばきのもと、われわれを乗せたバスはいばらき福祉専門学校へ到着した。

この日は、久々だというお祭りが開催されていた。「FUKUSHI BEANS'23」。このイベントに参加するために、わたしは昨夜から水戸に入っていたのだ。開催日が節分に近いこともあり、ビーンズという名を冠したこのイベントは、福祉に関わる仕事の博覧会だという。

会場となるいばらき福祉専門学校には、これまで幾度となく訪れている。2022年7月にはここで「話を聞くこと」についての講座を開催した。そのときに出会った学生たちと再会はわたしを勇気づける。当時はまだ初々しさがあった学生たちも、すっかり学校に馴染んで、イベントを仕切る立場になっている。それぞれのゲストのアテンドやサポートまでをこなすそうで、頼もしいことこの上ない。

わたしについてくれたのは、メイちゃんとキムちゃん。このふたりは、コミュニケーション能力が高いから、来場者に突撃インタビューをしてくれるはず、と主催者から聞いている。

「では」とばかりに、来場者へのインタビューはふたりに任せて、わたしはプログラムを堪能させてもらおう。

メイちゃん(写真右)とキムちゃん


ザ・オイオイズさんとの出会い


……開場時間にはまだ早いな。講堂にある大きなステージでは何をするんだろう?
ザ・オイオイズさんがリハーサルをしている。「ザ・オイオイズ」とは、きこえる人ときこえない人の間にある様々な心のバリア(誤解・偏見・無関心など)をぶっ壊すために結成された、手話エンターテイメント発信団oioi。「そこにバリアがあると言われれば全国各地どこにでも駆けつけクラッシュしまくります!」と、大阪からクルマではるばる茨城までやってきたという。

聞こえるメンバーのリュウジさんに「〈よろしくお願いします〉って手話でどうやるんですか……?」と訊く。
すると、リュウジさん。その場で仁王立ちになり、
「顔の前でグー・チョキ・パーのグー!」
と、元気いっぱいに言った。
わたしも「グー!」とやる。
「そして頭を下げながら手を開いて縦にパーをする!これで、〈よろしくお願いしまぁす〉!」
……あろうことか、わたしはこんな素敵な瞬間ですら別の心配ごとを引きずっていた。
リュウジさんのとびっきりの笑顔を見て、目が覚めた。……なぁにやってんだっぺ!これからすんごぐ楽しいことが待ってるっつうのに!(茨城弁)

写真右がメンバーのリュウジさん


ザ・オイオイズの公演は、朝イチでも立ち見が出るほどの満員。観ているだけじゃない体験型パフォーマンスで、会場に笑い・笑いがあふれている。
「頭の上に屋根をつくって……“家”!それを元気よく突き上げるとー⁉イェー‼」
みんなで手話体操をして、大笑いして。会場にいる人たちがどんどん一体となって、高揚していくのが伝わる。わたしも、元気になってきたぞ……!


そもそも「幸せ」ってなんだろう?


お次は、上条百里奈さんによる「ウェルビーイング」の講演だ。
上条さんは、モデルであり介護福祉士としても活躍する「介護の伝道師」。中学2年生から始めた介護ボランティアをきっかけに、14年以上介護に携わっている。テレビやラジオ、講演会でも介護の魅力や問題を発信している。

上条百里奈さん


ウェルビーイングとは、主観的幸福感のこと。「自分にとっての幸せ」のことだという。わたしにとっての幸せってなんだろう……?
「心配やストレス、悲しみを抱えている状態を、幸せとは言わないですよね」
上条さんの言葉に、ぎくりとする。
「1958・68・78年の日本の30年間って、世の中の経済が豊かになったり、人口が増えたり、平均寿命が上がったりと、なんでも右肩上がりの時代だったんです。けれど、幸福度がそれに比例することはなかった。経済や医療の発展は人々の幸せに直接関係しないと、このデータは言っているんです」と上条さん。
だとすると、経済や人口が縮小状態にあるいま、幸福度は自分次第でいかようにもできるのかしら……?

会の終わりに、参加者同士で「自分がウェルビーイングでいれる瞬間」を発表し合った。
――イラストを描いている時、キャンプグッズをつくっている時、湯船につかった瞬間……なかには、共に暮らす犬と犬語で話す、なんていう声もあった――。
人の幸せってほんとうにそれぞれだ。だけど、発表を聞いているだけで、こちらもなんだかあたたかい気持ちになった。ウェルビーイングはうつるのかな?

公演を終えたザ・オイオイズのメンバーたちも、上条さんの話を聞きにきていた。リュウジさんが手話で通訳している。メンバーたちはどんな風にウェルビーイングの話を聞いたのだろう……?

突撃インタビューを引き受けてくれた学生のメイちゃん。タイミングよく、この講演後にザ・オイオイズのメンバーたちにもインタビューしていた……!(下記)

――感想聞かせてもらってもいいですか?
ノブさん ふだん意識していなかったけど、自分たちがいつも楽しく幸せに活動できている根拠というか、理由がわかったように思います。
タモリさん 幸せを感じることに自分の意識を向けようと思いました。そして、その時間を大事にしたいです。

素敵なコメントをもらえた……! すごいぞ、メイちゃん!


大充実のプログラムをどうぞ!


黒木勝紀さんの講義へ。黒木さんは、ベッドから車椅子、車椅子から食卓などへ乗り移る「移乗(トランスファー)」のスペシャリスト。介護業界をうろうろしているつもりのわたしだが、移乗の実践的な講義に参加するのは初めてだ。
年間100本以上の研修講師を務めるという黒木さん。学生をお手本にして、次から次へとカラダを使って移乗する方法を実演している。軽々として楽々。なにかの曲芸を見ているようだ。
「介護される側と介助する側の力を合わせることが必要なんです」
次の瞬間には、車椅子でやってきていた子どものところに行き、その子に合ったスタイルでの抱え方や抱っこのしかたを家族にレクチャーしていた。

「30分で伝える内容ではないんだけど……」と言いながらも、次々に技をくり出す黒木さん。ひとつでも何かを持って帰ってもらいたい、という気持ちが伝わってくる講義だった。

黒木勝紀さんの講義の様子


ほかにも盛りだくさんのプログラムが……!


デジリハを体験!

デジタルアートとセンサーを活用した新しいリハビリツールの「デジリハ」。大きなスクリーンに映し出された宝石をタッチする子どもたちは、たちまち熱中。そんな子どもたちを横目に、腕をどれだけたくさん振ったかでお宝が出てくるゲームに、わたしも挑む。汗をかいた……!


「スナック都ろ美」のママ・加藤さくらさん(写真中央)


「福祉を特別なものでなくしたいの!」と言うのは、スナックのママでもある加藤さくらさん。スナック都ろ美とは、嚥下障害がある子をもつ親たちが一緒においしいを共有したい!と始まった。学校でスナック?と思って見ていると、サポートする学生もノリノリ。「お客さん、初めて?」なんて訊かれる。オレンジジュースや炭酸飲料にとろみ剤を入れるとどうなる?味はどう変わる?を体験できる場所。


電動車いすWILLのしくみを説明中

「茨城ダイハツ販売」という、れっきとした自動車販売の会社が、このたび試乗させてくれたのは、電動車いすのWILL!

「ここ茨城にも、高齢になって車の免許を返納することを考える方が増えてきました。そこで、茨城ダイハツ販売にできることは? と考えたのが、WILLの販売代行でした。それまでWILLは店舗を持っていなかったから、試乗ができなかったんですよね。当社が販売を始めたのが2022年10月。以降、継続的に売れていますよ」
担当の方が教えてくれた。実際に乗ってみると操作は簡単! 何より安定感がある。車いすってこんなスムーズなのか、という驚きがあった。


熱気を感じるエンディング


たくさんのプログラムを満喫し、最後はふたたびザ・オイオイズさんが講堂の舞台に上がり、来場者と一緒に「いばふくソング(作詞・作曲 いがっぺボーイズ)」を手話の振りをつけて、大合唱。久しぶりのリアル開催のイベントは、一人ひとりの情熱を感じられるいい会でした(会場のグルーブ感に触れ、ちょっと泣きそうになったのは内緒)。

終演後、ザ・オイオイズさんたちとハイタッチをして名残惜しいお別れをしたあと、気になったことがある。
冒頭の常磐線の遅れのことだ。あれは、情報が車内アナウンスだけだった。ああいうとき、ザ・オイオイズのメンバーたちだったらどうするんだろう? 突然、行き先が変わって、次の駅で降りるという情報がないままだったら……? 降りずにいたら、そのまま上野に引き返すという電車だったぞ……。

ザ・オイオイズさんたちはパフォーマンスの中で、「だいじょーぶ!」という手話をくり返し使っていた(そろえた右手の指先を左肩から右肩にトン・トンと移動させる)。手話がわからなくても、覚えられなくても「だいじょーぶ!」とこの動きとともに伝えてくれて、わたしたちを安心させてくれた。
できるようになった〈だいじょーぶ〉に「ですか?」を加えるのは簡単だ。右手を相手に差し出して、首をかしげればいい。

きっと、次は使えるはず。

〈だいじょーぶ・ですか?〉



text by Azusa Yamamoto
photo by Takaaki Nemoto


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