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〚詩〛海の底

――いつも気付けば ここ、海辺にいる。

淵源の海は 壁もなく、蓋もなく、
 自由な海岸べりで いつもと変わらぬのは
平穏な砂、物言わぬ波、
微動だにしない水平線、、、ばかりではない
かならず、ここを訪れると
  からだの底が 悪魔じみた発作を起こす
亀裂から 内部に染み出していた廃液が
 突如として洗濯機の中のように 回旋する
  ぐる、ぐる、、ぐるんぐるんぐるん!
かき混ぜられ、遠心力で勢い付いて!
 底を飛び出て駆け上がり
       外へ 噴き出そうとする!
砂に喰い込む、踏ん張る両足の下から
  がたがたと 
ふるえて、ふるえて、からだが ふるえて!
ついに無遠慮な濁流に 我慢がならず
   ひたすらに黙している海に向かって
       けものの雄叫びをあげながら
からだを、くびを、おおきく左右にして
迸り溢れる濁水を口から噴出させる
 放たれ、撒き散らされ、海を濁らせる 
唐突に それまで無関心であった大地が
揺れる 海も 揺れる 波が高く立ち上がり
口から濁りを垂れ流したままの影を
 ばっくりと 一飲みにして 攫ってゆく

連れていかれた両目が見る 海底都市
  あらゆる塵芥と残骸による 灰色の廃墟
――ここを知っている よく 知っている
もがいた痕さえも 灰塵で覆い隠され
 すべての息吹という息吹は 不動に沈黙し
至るところに張り巡る 見えざる汚染の糸は
 やさしく包み込んで
   ゆっくりと染み込んでいくようで
抗い難い空虚が 静かに抱き締められている
ねばついた 醜い汚れが寄り添う瓦礫を踏んで うす暗い うす暗い屋内へ
助けを求めた手形だらけの
     曇った硝子の散らばる床
その無数の破片が こちらを見上げている  うつろな
   消えかけた焔のような うつろな眼
盾突けぬ腐敗により 破れ落ちた壁紙から
かなしげに 朽ちた肌を露出させる木目も
打ち捨てられた 黴の生えた無価値な金貨も
通り過ぎるたび こちらに眼を向け 訴える
 針の動かない これからも移ろわない
    不条理にもたらされた
        海の底の 深いふかい灰色
――ここを知っている よく 知っている
 かつての 彩りも、景色も、、、息遣いも

幾度となく起きる 発作による汚濁の咆哮
それはこの 自由な海岸べりでしか、
この海に向かってでしか
      破棄することができない
そんなつもりはなくとも 長いながい時間を
掛け 焦らすように いたぶるように
しめやかに蝕む 海へのたしかな拷問は
   波のうねりに運ばれて 沈殿してゆく
けものの雄叫びが
  ねっとりとした腐った汚水が
    海の底へと降り注ぎ 沈殿してゆく

――いつも気付けば ここ、海辺にいる。


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