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愛について

この記事は、2023年4月23日に公開されたMikhail Lopatin氏による"On Love"を日本語に訳したものです。
 翻訳にあたり、原著者のMikhail Lopatin氏に了承をいただき、公開の許可を得ております。
 内容を転載、引用する場合は、転載元を示す本noteのURLを付記願います。※全文の転載はおやめください※

※本文中のwikipediaへのリンク等は、私が追記したものです。

著者:Mikhail Lopatin氏

英語による元記事
On Love



「今日から俺はお前のコーチになる。そして、グランプリファイナルで優勝させるぞ!」

――ヴィクトル・ニキフォロフ ――勝生勇利に向けて(ユーリ!!! on ICE)

1.      聖愛と俗愛

 賑やかで喧騒に包まれたローマの中心地とその観光名所から少々離れた所、ボルゲーゼ公園の心地よい木陰に隠れるようにして、ボルゲーゼ美術館が佇んでいます――イタリアはルネッサンス期の見事な傑作で溢れている、閑静な美術館です。シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿が収集した個人コレクションの秘宝――現代展示の歴史的核となる――の中に、ティツィアーノ・ヴェチェッリオの大いなるAmor sacro e amor profano(「聖愛と俗愛」、1514年あるいは1515年)があります。ヴェネツィアのルネサンス期の中で、最も議論を招いている、謎に包まれた名作の一つです。


https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tiziano_-_Amor_Sacro_y_Amor_Profano_(Galer%C3%ADa_Borghese,_Roma,_1514).jpg#/media/ファイル:Tiziano_-_Amor_Sacro_y_Amor_Profano_(Galería_Borghese,_Roma,_1514).jpg

この絵画はヴェネツィアの高官、ニッコロ・アウレリオと、彼よりずっと若いパドヴァ出身のラウラ・バガロットとの結婚(1514年)を祝したものであると、背景に描かれている紋章によって美術史家に特定されています。この絵画が語ろうとしている筋書き、同時に我々の注意をたちまち惹きつけてしまう主役である2人の女性――服をきっちり着込んだ一人と、一方で裸の一人(あるいは、同一人物の主人公が2つの姿で現れたものか)――は、そうは言ってもたやすく特定できるものではありません。1693 年のボルゲーゼ美術館所蔵品目録に、現在のタイトルの初版 (L'Amore divino et Amore profano、神聖な愛と世俗的な愛) が初めて登場した時から現在に至るまで、筋書きと2人の主要な人物を当時の様々な文学作品や哲学書に結び付ける試みや、また、ティツィアーノの謎めいたこの名作を、道徳的、哲学的、寓話的、婚姻に関する解釈を広める試みが数多く行われてきました。この討論は未だに終わる気配を見せません。

 現代まで何世紀か早送りしましょう――具体的に言うと、2022年12月まで――そしてローマからトリノへと北上します。私はある重要なフィギュアスケートの大会、グランプリファイナルの真っ最中に、ティツィアーノの絵画のことを考えている自分に気が付いたのです。宇野昌磨の順番が来て滑ろうとしているところでした。ヨハン・セバスチャン・バッハのアリア(管弦楽組曲第3番より)とヨハン・アドルフ・ハッセのMea tormenta, properate!(聖ペトロと聖マリア・マグダレーナより)に宮本賢二が振り付けたフリープログラムは、類推を引き起こし――私の答えの探求にもインスピレーションを与えたのです。

 この似通っている点というのは全く根拠がなくでたらめのように思えるかもしれませんが、そう考えるに至った私の説を擁護する、少なくとも3つの根拠――3つの弁明書――を提示することができます。まず初めに、共通した二面性に私は驚きを覚えました:絵画を2つの異なる部分に分断するティツィアーノの2つの愛の形を示す聖愛と俗愛と同様、昌磨のプログラムも対となる前半と後半(バッハのアリア、ハッセのMea tormenta)で構成されており、これは2つの異なる状態や形、……まあそういった何かをあらわすように配置されているに違いありません。言い換えると、構成上の相似がそこにはありますが、それ自体はとりわけ例外というわけではありません(二部構成はありふれすぎていて、参考にならないからです)。

 2つ目に、興味をそそられるようなヴェネツィアとの繋がりがあります。ハッセのオラトリオ(聖譚曲)「聖ペトロと聖マリア・マグダレーナ」はもともと(おそらく1730年代に)着想され、(それから随分あとの1758年に)ヴェネツィアを代表する四つの大病院の一つ――すなわち、インクラービリ養育院(L’Ospedale degli Incurabili)(不治の病の人のための病院)で間違いなく演奏されています。

※訳注
L’Ospedale degli Incurabili =  The Hospital of the Incurables
Incurable=不治の病


Ospedale degli Incurabili, Venice, where Galuppi was in charge of music 1762–1765 and 1768–1776

 これらの’病院’(すぐに孤児院へと変わりました)はその歴史を通じて、とりわけ17世紀と18世紀に音楽生活に満ち溢れていました。
 ピエタ慈善院(L’Ospedale della Pietà)――大病院の一つです――は例えば、アントニオ・ヴィヴァルディ(宇野昌磨も過去に彼の曲で滑っています)との長期に渡る関係から、音楽の歴史において名声をはせました。そしてティツィアーノは、もちろんのこと卓越したヴェネツィアの画家であり――おそらくイタリアのルネッサンス期を代表するヴェネツィアの画家です。繰り返しになりますが、この繋がりは特別に例外的でも説得力があるわけでもありません。ですが、私の想像力を刺激し、この(おそらく疑わしい)類推を裏付けるには十分です。

 そして、ティツィアーノの「聖愛と俗愛」が、どうして私の頭の中で昌磨のプログラムと結びついたのか、最後の――更に入り組んで複雑な――理由。それはティツィアーノの絵の中にある実際の’内容’と関係しており、あるいはむしろ、17世紀の終わり以降にティツィアーノ研究の中で進められてきた、様々な考察の複雑な網の目を構成する、とある一本の解釈の糸:二つの愛の形、sacro(神聖な、神々しい)とprofano(世俗の、’現実的な’、好色な)と関わっています。私は、’愛の形’について、特にエロスとアガペー――聖愛と犠牲的な愛の形――の哲学的論争を思い出しました。この論争は古代に始まったものですが、ルネッサンス時代を通じて依然として非常に強い関心を持たれていました。

 同様に、宇野昌磨の経歴の一部とゾッとするほど似ている点が多くある、「ユーリ!!! on ICE」という有名なアニメシリーズも私は思い出しました。シリーズの最初に、勝生勇利(主人公――自身のキャリアの後半で、モチベーションに苦悩する日本人フィギュアスケーター)とユーリ・プリセツキー(新進気鋭のロシア人スケーター)によるフィギュアスケート対決が組まれます。この勝負でより上手に滑った方が勝ち――そして伝説のフィギュアスケーターであるヴィクトル・ニキフォロフからコーチを受けられるのです。勇利とユーリは同じ音楽でありながら完全に異なるアレンジの二曲にのせて滑り、エロスとアガペーという、相反する二つの愛の形をできる限り表現してみせることが勝敗を決めます。実際、二つのプログラムはそれに従って「愛について~Eros~」と「愛について~Agape~」というタイトルになっています。そして両方とも――実際、この2曲だけではなく、このアニメシリーズに出てくるプログラムは全て――他ならぬ、宇野昌磨の「G線上のアリア+Mea tormenta, properate!」の生みの親である宮本賢二氏が振り付けを行っているのです。

 そして、これら全てによって、昌磨のプログラムとティツィアーノの絵画との類似性が、最後に述べた「ユーリ!!! On ICE」を介して私の頭の中で更に具体的な形になり始めました。

 では、ここでハッキリさせておきたいと思います。二つの間に何らかの関係が実際にあるとは思っていません。宮本賢二氏が昌磨のプログラムを構想し、制作している時に、ティツィアーノの絵画からインスピレーションを受けたとは考えていません。また、昌磨のプログラムはエロスとアガペーについてでも、あるいは愛のいかなる形についてでも、より一般的な愛についてのものと思っているわけではありません。とにかく、昌磨は(「ユーリ!!! on ICE」のように)同じ音楽の異なるアレンジ二曲で滑っていませんし、既に述べた「ユーリ!!! On ICE」の「愛について」プログラム二曲と昌磨の「G線上のアリア+Mea tormenta, properate!」の間に振付の相似性はありません。これらは全てただの自由な連想、類推であり――そして私の想像の産物以外のなにものでもありません。

 免責事項と言い訳はもう十分でしょう――それでは、プログラム自体を深く掘り下げていきましょう!

2.      エロスとアガペー

「G線上のアリア+Mea tormenta, properate!」の二つのパートの対比は、あらゆる形でその姿を現しています。プログラム中盤での音楽(バッハからハッセへ)の切り替えは、振付にもハッキリした形:スケーターがどのように動き、体を使ってどんな形を作り出すか、という所に反映されています。二つのパートを橋渡しし、いくつかの類似点と相違点を示す意味のある繋がりが少なくとも二つあります。一つは、プログラム全体のスタートのポーズとフィニッシュのポーズ、もう一つは最初のパートの最後にあるコレオシークエンスと、二つ目のパートの最後にあるステップシークエンスの二つのエンディングの間です。まず、一つ目の部分から始めましょう。


 最初の構造上のつながりは、スタートポジションとフィニッシュポーズを横に並べてみると一目瞭然になります。両方ともスケーターは氷の上で膝をつき、眼差しははっきりと下を――氷の方を向いています。また、昌磨の足のポジションに興味深い対称性が見られます。スタートポジションでは左膝をつき右足のブレードで支えていますが、最後のフィニッシュポーズでは――右膝を付き左足のブレードで支えています。同じ逆転のアイデアは、文字通りというわけではありませんが、昌磨の腕が作り出す形にも見られます――スタートポジションではスケーターの腕は非常に’バレエ的’で丸く、動きはなめらかで流れるようです。


 ところが、フィニッシュポーズは全てが鋭い角度で素早く、非常に明瞭な動きになっています。


 実際、この対象性はスタートポジションとフィニッシュポーズだけではなく、プログラムの両方の部分全部に見られます。

 とはいえ、スタートポジションとフィニッシュポーズは何を”意味”しているのでしょう? その意味を解読し、もしくは少なくとも特別な類似性を引き出す手助けになるような、図像学的な相似(例えば絵画や彫刻作品など)があるのでしょうか?おそらくあるのかもしれません、意図したものではないでしょうが。スケーターの姿勢は、特にスタートポジションはその視線の方向も相俟って、私にいつも……ナルキッソスを思い起こさせるのです。もっと具体的に言うと、泉、もしくは池の前にひざまずき、自分自身の反射した姿に恋に落ちたナルキッソスを。


 ティツィアーノの絵画と同様、この類似性もまた完璧というわけではありませんが、非常に印象的な類似点がいくつかあります。ナルキッソスはしばしば、似たようなアシンメトリーの脚の位置で描かれています。片脚は地面に膝をついて体を支え、一方反対の脚はただ後ろに引いているか、もしくは伸ばしているか、もしくはどうにかこうにか体の下に’押し込んで’います。そしてもちろんのこと、ナルキッソスの視線は、水に映る自分の反射に向けられ――つまり、下を向いているのです。

 少なくともスタートポジションの全体的な輪郭はナルキッソスの基本的な図像と比較できますが、フィニッシュポーズはスタートポジションとの間に構造的な相似はあるものの、それでも全くの別物です。先に述べた足の位置が逆になっているのは非常に重要になってきますが、更に重要なのは腕で形作られた十字架のような形――キリスト教関連の図像で見られるものです。昌磨のプログラムの後半全体が、使徒ペテロの「Mea tormenta, properate! (我が苦しみよ、急げ!)」をもとにしていることを考えれば、これは驚くことではありません。ペテロは率直かつ明確に十字架に求めます(=彼は十字架にかけられたいのです)。crucem quaero, crucem date, volo mori(私は十字架を望む、私に十字架を与えよ、私は死にたいのです)

あらゆる点において、最後のフィニッシュポーズは、(脚の位置の)構造を逆にすることで、また動きの形にコントラストをつけ、動き方で官能的なナルキッソスを思わせるスタートポジションに’逆らい’、あるいは否定しているのです: 奇妙なことですが、私がフィニッシュポーズの十字架のような腕の形に似ていると示すことができる最も近いものは、反抗と否定の行為を表現している人物の描写です。邪悪な姿ではあるのですが:アレクサンドル・カバネル、堕天使(1847年)


 二つ目の繋がり――第1パートの終りの部分にあるコレオシークエンスと、第2パートの終りの部分にあるステップシークエンスの間にあります――は、更に大きなスケールで、同じコントラストと反転の働きを見せています。コレオシークエンスは表現に富み、あたかも彫刻のような一連のポーズで構成されています:全てが極めてオープンで官能的であり、動きの質に関しては非常に滑らかでよどみがありません。ステップシークエンスではそれとは対象的に、極端にダイナミックで鋭く――彫刻のようなポーズと形であっても動きは決して’固まる’ことはなく(コレオシークエンスでも同様)、絶対に止まらないのです。先程比較したスタートポジションと最後のポーズの様に、コレオシークエンスの表現力豊かなポーズは非常に官能的で’ナルキッソス的’です。


 一方、ステップシークエンスのよりオープンで情熱的な動きは、先に掘り下げた官能性を、時に文字通りあらがい、抑制するような形を作り出しているように見える時もあります。


 ではエロスはどこに?そしてアガペーはどこにあるのでしょう?昌磨のプログラムと、ティツィアーノの「聖愛と俗愛」を結びつけられそうな最後のよくある矛盾、それはまさしくこの曖昧さなのです。ティツィアーノの絵画は、一見すると左側の服を着た女性を’神聖’で’神々しく’感じられますが、俗愛の官能的で性愛的な側面に取って代わり、またその逆もしかりで、裸の女性を、我々は単純に俗愛と結びつけるかもしれませんが、実は神の愛である聖愛を表しているのです。この絵画は、したがって、我々の当初の予想を裏切っているのです。

 これは昌磨のプログラムも同様です。一見すると、バッハの穏やかなアリアを演じている第一パートはアガペーやプラトニックで犠牲的な愛を表現しており、一方で、より情熱的な第二パートのハッセのMea tormenta, properate!部分がエロスだと思うでしょう。それでも両方の図像、第二パートの歌詞は、我々にそうではないと教えてくれています。第一パートの緩やかで物憂げな動きは、そのスタートポジションと第一パートの終わり部分にある多少ナルキッソス的なポーズも同様、官能とエロティシズムに満ちています。反面、第二パートでは疑いようがないほどダイナミックで情熱的はありますが、使者ペテロに十字架を懇願させるほどの犠牲的な愛の表現だと見ることができるのです。

 3. 愛に囲まれて(結論)

 このプログラムは、ティツィアーノの「聖愛と俗愛」のような、エロスと、犠牲的とも言える愛についてを題材にしているのでしょうか?いいえ、必ずしもそうだとは言えないでしょう――それは、このプログラムの構造と振付の’内容’についての、可能性のある解釈の一つに過ぎません。このプログラムは愛についてかもしれませんし、振付家自身があるインタビューで説明したように、芽吹き成長する植物や花についてかもしれません――とはいえ、ナルキッソスの変容を考慮すると、この推測は底に流れるエロティックさや、自らに陶酔するようなイメージが完全に欠けているわけではありませんが――もしくは、全く別の何かについてのプログラムかもしれません。ここにあるのは、スケーターの体が生み出している幾何学的な形とラインに満ちた(客観的に存在している)二部構成――ある種の骨組みといったものに’肉’を加え、我々が持っている意味や気持ち、感情を投影しているのです。私の解釈は、もちろん、たくさんあるうちの一つであり、おそらく最も正確なものではありません。

 エロスとアガペーがこの特別なプログラムの中に存在するか否かに関わらず、またティツィアーノの絵画が宮本賢二氏の振付過程に関連していたかどうかに関わらず、このプログラムは、実に多くのハッキリした方法で、確かに愛を広く放射しているということをお伝えして、この手短な解釈学的襲撃を終わらせることにいたします。事実、昌磨のキャリア後半は疑いようがないほど正確なまでに愛を広めているのです。昌磨のコーチ、ステファン・ランビエールよりそれをうまく表現した人はいません。

 昌磨の周囲には、彼を愛している人がたくさんいると思う――それが昌磨にこのオーラを与えるんだ。自分のいる環境から得た愛の全てが――彼はとても愛すべき人間だからね――こんな風に愛と情熱に溢れた動きをするハーモニーを昌磨に与えているんだろうね。

 私はグランプリファイナルの真っ最中、会場のパラヴェーラの固いコンクリートベンチに座りながらティツィアーノの「聖愛と俗愛」について考えている自分に気が付きました――昌磨がフリープログラムを滑っている間ずっと、愛について考えていたのはなぜなのか、このステファン・ランビエールの言葉がもう一つの理由なのかもしれません。


翻訳は以上です。翻訳、公開を許可してくださったMikhail Lopatin氏に感謝申し上げます。

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