優しく強く面白い人の話

元ハノイ在住の女性との云々。

戸田さん(仮名)がハノイに来たのは、確か私と同時期だったと思う。
仕事柄休みが少なくて忙しい毎日を送っていた彼女だけれど、それでもよくご飯に誘ったり誘われたりする関係だった。

僕から見た戸田さんは「周囲の人を幸せにする」才能の持ち主だ。まるで女神様のような明るさに、凛とした意志の強さ、そして(時々)間の抜けた様な妙な面白さを見せる。
僕はそんな彼女に恋焦がれてしまい、人生で初めて告白をしたことがある。文字通り当たって砕けたけれど、悔いは無かった。それ以上に自分の中の何かが吹っ切れた気がした。
人生で初めての「自分から告白した素敵な女性」は、人生で初めての「格好付けずに付き合える異性の友達」になった。
こういうのって、一生のうちに稀にしか出会えないような貴重な存在なのかもしれない。

2月のテト期間中に日本に一時帰国していた私は、久々に戸田さんに会った。
一緒に入ったのは神楽坂にある珈琲店で、古民家風の造りが特徴的だった。やはり、古き良き時代のものが現在まで丁寧に残されているのはとてもいい。
ベトナムの慣習では男から渡すから……という建前でバレンタインチョコを用意していたら、戸田さんも日本の慣習にそって用意してくれていた。こんな風に人とプレゼントを渡しあったのは、一体いつ以来だろう?何だかとても新鮮で、少しだけ気恥ずかしくもある。

戸田さんとは色々な話をした。
近況について。どんな仕事をしているとか、最近あった出来事とか。
ハノイの人。誰が帰国した、移動した、転職したとか。
日本での生活は楽しいけど、時々ハノイにいた頃を思い出すとか。
いつかはハノイでの生活に区切りをつけて、日本に帰るかもしれないとか。

彼女との会話の中で、一番鮮明に覚えていることがある。
曰く「人のために真摯に優しくなれる人は、家族円満で育ったか、あるいはその対極だと思う」と。
恐らく後者だ、と答える私に、彼女は続けて言った。
「私は、案山子さんの事は人として好きだけど、だからこそ心配になる。だって裏表が無いもの。純粋に優しすぎるのよ。心無い人が色仕掛けの一つでもすれば、たちまち開運の壺でも何でも買ってしまいそう」と。
流石にそれは無いよ、と答えようとしたが、確かに思い当たる部分はある。
開運の壺、謎の教材、何かの会員券、怪しい新興宗教……、上手く乗せられてしまう自分の姿を、容易に想像できるのは何故だろう。
そんな私の様子を汲み取ったのか、彼女はこう付け足した。
「だから、という訳では無いけれど、
私は、案山子さんの良さも危うさも両方理解した上で、誠実に付き合ってくれる人と結ばれて欲しいって、心から思ってるよ」と。

別れ際に、1冊の本を勧められた。
ながしまひろみの「やさしく、つよく、おもしろく」。今の私に1番読んで欲しい本だと彼女は言う。
素直に従おうとしたが、それだと開運の壺の話そのままだと我に返り、近くの本屋で軽く立ち読みしてから判断する事にした。
温かい絵と話、糸井重里の言葉が心に染み入ってきて、思わず涙腺が緩む。
私はその場で泣きそうになるのを堪えながら、レジで会計を済ませた。

自分も彼女のように優しく強く面白い人でありたい。
そしてやっぱり、私は戸田さんの事が大好きだ。

#記憶の記録 #海外生活 #ベトナム #ハノイ #一時帰国

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