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悪徳に靡く鴉、咆える私は猛虎という話

かつて握手を交わした掌は、拳へと変わって相手に迫る。
敬愛から軽蔑、互いの立場や道程さえも違えて。
それはどんな正しさや優しさよりも純粋な、絶対零度の蒼い炎。

そいつに初めて出会ったのはハノイ1年目の春頃、確か異業種交流会か何かだった気がする。
第一印象は"特撮ヒーローやってそうな若手俳優にいそうな感じの名前"だった。本人の風貌や人となりはそれとは全くの別物。とはいえ、共通の趣味も多かったので、打ち解けるまでにそう時間はかからなかった。

正直なところ、年齢こそ私より下でも社会人としての経験や実力は間違いなく上だと思っていた。
世代を問わずに人との関係を築けるフットワークの軽さや、独特の美学やセンスなど、実際の年齢以上に感じる場面も少なからずあったし、私が営業の世界に転向してからはより一層強く実感した。私のこれまでの転職の経緯や奮闘も知った上で、仕事で繋がりそうな人を紹介してくれたことだって一度や二度じゃない。

そんな彼との繋がりに違和感を感じたのは、今年の夏頃だったと思う。
徐々に良くない風が流れてくるようになったからだ。

一番多かったのがサプリ関連の話。
ここでは敢えて"サプリ"という柔らかい表現を用いるが、実態は灰もしくは黒だ。
目撃者も少なくないし、何より人目や体裁を気にしていないのかと思うくらいに、凄まじい勢いで評判になっている。若干の尾ひれはついてるかもしれないが、まぁ誤差の範疇だろう。

それ以外だと、平日から麻雀ばかりだの、連日ヒイキの嬢の店に入り浸って帰らないだの、一部の店から危険人物扱いされてるだのetc...。「人ってこんな簡単に、こんな風に変わってしまうのか」みたいな事を未だに考えることもある。

どうしてそうなったのか。
一体何が彼をそうさせたのか。
この感情は一体何だろう。適切に言語化することができずに今まさにこうして文章を紡いでいる。

ほんのつい数日前、彼から電話があった。
ちょうどその時間には出ることはできなかったけれど、後から折り返し電話をかけ直した。

いつも通りの調子で、「飯か麻雀でもしましょうよ~」とか誘ってきたのだが、私は間髪入れずに問い返した。
「最近すこぶる君の悪い評判ばかり聞くのは、どういうことなんだ」と。
前述の通り、決して少なくない色々な方面の人から同じ様な話を耳にしていたし、中には既に縁を切った事を明かしてくれた人だっていた。にも関わらず、彼は何度も私の問いに対してしらばっくれたり、はぐらかしたり、もう埒が明かなかった。
そしてそんなやり取りの中、電話の向こうから聞こえたのはスイッチ一つで静かな室内に響くサイコロの回転音。全自動麻雀卓の特有の、それも彼が溜まり場にしているであろう雀荘のもので間違いなかった。

気がつけば、私は虎の如く咆えていた。
そこはハノイの日本人街の一角、若干の通行人が近くを通った気がしたけれど、その時そんな事はもうどうでもよかった。
人として踏み越えてはならない一線を余裕で飛び越え、その追求にも平然とした態度で避けながら、挙げ句何事もないかの様に付き合いに誘ってくる。
そんな不逞で不埒な輩が間近にいるか。
この国で、この街で、精一杯真っ当に生きて、真っ当に仕事をしている全ての日本人にとって、今の自分が一体どういう存在なのか。
普段の人柄や仕事の能力がどうであれ、一度それを指摘追求されてしまえば、そんな人間と関っているというだけでもあらぬ疑いを掛けられてしまいかねない。
万が一それで何か不利益・不都合・不幸に見舞われたらどうするんだろう。どうせ補償なんてできる訳がないだろう。
私だって最近は徐々に仕事の手応えが掴めてきたところだし、こんなところで足元を掬われたくないというのが本音だった。

悪いことは言わない、いい加減にしろよ。
自分自身の禊ぎが全部済むまで、一切連絡も何も寄越さないでくれ。

勢いに身を任せて畳み掛けるかのように、そう言い切ってからすぐに電話を切った。

#記憶の記録 #海外生活 #ベトナム #ハノイ

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