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それは一輪だけ宙に咲く向日葵の話

ハノイから旅立ってしまう、その人へ。

難波さん(仮名)の話をさせてほしい。
彼女に初めて出会ったのは、私がハノイ2年目に入ってすぐのこと。
赴任して早々に、何かのきっかけで会社に訪問してくれたのがファーストコンタクトだったと思う。その後は初心者会や商工会などで度々会う機会もあったし、年が近いのもあって共通の友人も生まれやすく、何かと接点も多かった。

正直に書いてしまうと、彼女に対してはほぼ間違いなく私の一目惚れだ。人を好きになるのに慎重になりがちというか、一歩踏み込むのに勇気がいる私にとっては、珍しいパターンかもしれない。
人一倍笑顔の眩しい、とても愛嬌のある人だったので、その頃の私はもう"彼女のためなら何でもしてあげたい"みたいな気持ちになっていた、気がする。

ある時、当時の仕事の関係で彼女に相談に乗ってもらった事がある。幸運にも案件を紹介してもらい、無事成約まで漕ぎ着けることができた。……が、その後の先方からの評価は芳しくなく、結果として更新継続とならず単発で終わってしまった。
せっかく繋いでもらった縁を掴み取れなかった事への後悔が拭えず、またこの頃は他の要因も重なって私自身が相当沈んでいたこともあり、彼女とは会いづらくなってしまった。結局、好意を伝えることもなかった。

……それから。気がつけばもう1年半近くが過ぎていた。
どこかの飲み会で「難波さんが3月で帰任らしい」と耳に挟んでから、時間と共に忘れた筈の後悔が、他の様々な感情とともに、少しずつ、蘇ってきて。

『彼女がハノイにいるうちに、できることならもう一度会って話がしたい』
そう決心した私は、気持ちを振り絞って連絡を取った。
新型コロナ云々によって入出国が制限され、またそれに伴って各航空会社が運休や減便に追い込まれていく。飲食店なども営業停止となり、彼女の滞在期間も刻一刻と終わりが迫っていく中、どうにか少しでも時間が取れればと、そう思った。

……ところが、結局それは叶うことはなかった。
そもそも連絡が取れない。メッセージを送っても既読無視だ。いや、既読をつけてくれるだけまだ幾分良心的なのかもしれない。
SNSで見た限りでは、確かもうそろそろだったと思うのだけれど……などと考えているうちに、ふと気がつくと、自分の中で膨れ上がっていた気持ちは、たった1本の細い針に触れて一瞬で破れてしまった。

いやいや、そもそも会えたとして一体何がしたかったんだろう。
一体何の話をしたかったんだろう。
別に未練がましいというか、特別何かを期待している訳では無く、ただ自分自身の感情や行いに一区切りを付けたいだけのはずだった。
でもそれって、結局は自分自身のエゴに過ぎないというか、例え中途半端な結末になるとしても、「何でもかんでも区切りを付ければいいというものではないのでは……?」
などと考えるようになった。その上、呆気ないほどに穏やかな自分の心の持ちように気がついてしまった。

彼女以上に笑顔の素敵な人には未だ巡り会えていない。
もしかするとそんな女性にはもう二度と巡り会えないかもしれない。
いつかまた世界の何処かで彼女に出会うことがあったなら、
その時にはきっと、今よりもっと素敵な女性になっているに違いない。

私はこの先もきっと、ずっと、難波さんのことが大好きで。
そしてそれと同じくらい、私は彼女のことが大嫌いだ。

大好きだけど大嫌いだなんて。
こんな気持ちになるのは、もうこれっきりにしたい。

#海外生活 #ベトナム #ハノイ #記憶の記録

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