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オープンとクローズの間で活動をする理由

取材の依頼を頂いたときにフワッとモヤっとしていたことを整理して書き置きます。取材や講演の担当者さんには知っておいていただけると有難い感じの内容です。

現行の私の活動スタイル「オープンとクローズの間」


今のところ「活動名(仮名・実名不可)」で「条件付きで顔出し可」、「基本的にこちらからのプレスリリースは無し」「イベントは基本撮影不可」で活動しています。
田中或、1995年生まれ、鳥取大学卒。九州出身鳥取県在住。

が、過去には本名で活動していたこともあるし、担当の方との共有・確認不足によって、職業や他の個人情報が公になってしまったことも(!)あります。いわゆる「特定班」ではなくても、私の本名や出身地、前職、そこから推測される出身校、家族を特定することは可能だと思われます。デジタルタトゥーまみれ、たいへん手遅れです。

しかしそうはいっても、毎回1から100まで最新個人情報を言って回る必要はありません。「本当は探したらわかるんだけど、今言いたいのはここまで」って情報だけを明かしています。ということで、本当にお手数をおかけしますが、過去の資料を引っ張って来て使われると困る!という我儘が起こる場合があります。講演や取材の際には打ち合せをしっかりさせてください。

LGBTをカミングアウトすることは、現状ではリスキー。私たちは被差別マイノリティ


主に講演活動をしている時に感じますが、「LGBT」というマイノリティ性を引っ提げての活動は、今はまだとってもリスクのあることです。
「左利き」や「AB型」と変わらない数いるはずのLGBTですが、同じ“少数派”でもエラい違いです。「セクシュアリティは個性のひとつ」と言って回らなければならないのは、セクシュアリティが人々に左利きやAB型と同列に語れる個性のひとつだと認識・受容されていないからです。
「左利き?変なの」とは言われないが、「レズビアン?変なの」とはまだまだ言われる。マイノリティ性の中にもマイナー/メジャーは存在していて、マイナーは受容されないばかりか攻撃対象となる可能性があります。
好奇の眼差しはいつだって。いじめ、就職差別、ハラスメント、ヘイトスピーチも身をもって体験してきました。私としては、「LGBTであること」は何と特別なことでもないけれど、他者にどう映るかはわからない。だから活動もしたいけれど、身を守る必要もあり、出たり隠れたり様子を伺う必要があると考えています。

活動は良いことだけれど、言わなくてもよいこともある


私は地元から離れた鳥取で活動をしており、地元の人や家族には活動のことを話していません。わざと話していません。
「良いことなのに!」「立派なことなのに!」だから話せばいいのに!きっと応援してくれるよ!喜んでくれると思うよ!と言われることも結構あります。家族に認められ、応援され、家族の前でも自分らしくいられることは素敵だなぁとも思います。しかし先にも書いた通り、LGBTという個性は現状リスキーなもので、しかも私の家族には寛容な感じがないのです。「親を心配させないようにしたい」と思うと、カミングアウトしないこともまた大事な配慮だと思っています。

いつ何がきっかけになるか分からない現代社会を恐れています


あおり運転やフェイクニュース、炎上など、最近はいつ何が原因で、誰が何のために起こすのか分からないこわいことがたくさん起こっています。インターネット上では誰の何が漂っているのかもわかりません。
講演中に盗撮や盗聴されているかもしれないし、それを加工してフェイク動画を作り、過去のブログでの発言なんかを切り取られどこかに晒されていたって、私は気付けません。
考えすぎだとは思いますが、面識がなくたって殺されるような時代にあると、起こらないとも言えません。
ネットストーカーの被害に遭ったこともあります。「晒し」「暴き」には怯えながら活動しています。
余談ですがたとえば私が子どもを育てることになったら、子どもを守るために活動は辞めます。家族の誰かが不利になったときも、迷わず辞めます。

黙っていた方が安全な社会で、わざと声を挙げる

活動なんてしない方が安全、黙っていたらセクシュアリティなんてわからないのに、それでも声を挙げるのは、自分を削りながら生きるのがもう御免だからです。クローズでいるストレスで命削るくらいなら、矢面に立って命削ったほうが私はマシだと思ったからです。セクシュアリティ以外の件でも、過去に何度も捨てようとした命です。
活動をしていく中で感じたのは「私らの代でLGBTが生きやすくなるのは難しいんじゃないかな」という、うっすらと、しかししっかりした絶望です。(それもあって子どもを新たに生み出す気にはなれなかったりするのですが)いま生まれてきてしまった人たちや、これからも生まれてくるであろう子どもたちには、ちょっとでもいい未来を用意したいものです。


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