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はじめましてのおばあちゃん家に招かれた話

大学2年か3年のときの話。

バイト終わりだか授業終わりだかの午後、ちょっと回り道をして家に帰る途中、なんとなくそわそわした感じのおばあちゃんを見つけた。
一度通り過ぎ、やっぱり振り返り、戻って「こんにちは~」と声を掛けた。おばあちゃんは家の水道の調子が悪くて、助けてくれる人を探していたらしい。ちょうど私の実家は建築業(水回り担当)だったので、水道はちょっとワカル。(最悪元栓を閉めて暮ら~し安心クラシアンだな)と思いながら、おばあちゃんの家に招かれることにした。

おばあちゃんの家は、なんとなーく変わった感じがした。ラップがかかった料理がたくさん、買い物したものがそのまま散乱、ペン立てにフォークがささってたりして、直感で(そっか)と思った。

私「おばあちゃん、どの水道が壊れてるの?」
おばあちゃん「えっ?水道が壊れているの?…あら本当ね、大変。誰か呼ばないと。」
私「おばあちゃん、私が来たからね。水道、なんとかしてみるよ!」
おばあちゃん「えっ?どの水道が壊れているの?」

このくだりが何度か続いた。ちなみに私の素人診断によると、水道は経年劣化で部品の調子が悪くなっていて、漏水しているだけだった。

水道屋さんに連絡しようと思ったけれど、おばあちゃんの名前がわからないので、水道のことは一旦忘れてもらってお話をすることにした。
手帳の1ページをちぎって、自分の名前を書いて渡した。おばあちゃんの方は、自分の名前の漢字が伊藤だったか伊東だったか自信なさげで、漢字が思い出せないことが悲しそうだった。私は自分の名前を漢字と読み仮名で書いてしまったことを後悔した。この出来事以降「ひらがなと書き漢字」にすると決めた。
(注:もちろんイトウは仮名です。)

名前はイトウさん。電話番号は黒電話(黒電話だった!)に書いてあったので、いくつか水道屋さんにあたってみたものの、即来てくれる業者は無く、数日後にとりあえず見に来てみますという業者さんに依頼をした。
『○日、何々水道の人が台所の水道を修理しに来ます!』というメモを2枚、水道の近くと電話の近くに貼った。

そうこうしていると、おばあちゃんはアレコレおしゃべりをしてくれた。
今はお子さんと2人暮らしで、バスに乗ってデパートに行くのが好き。自分の部屋は掃除するけど、ほかのところはしない。おばあちゃんの部屋にはブラウン管テレビがあって、お化粧台も箪笥も立派で、布団は綺麗にたたまれていた。
お子さんと2人暮らしなのが本当なのか、おばあちゃん的本当なのかはわからないけど、聞かなかった。

それから、冷蔵庫の中の焼きそばお食べとか、カニの缶詰、生卵、なんかなんでも食べさせよう、あげようとしてくれた。あとから「ない!」ってなったら困るだろうからていねいに断ったけど、根負けしてカニ缶ひとつを受け取り、おまんじゅうを食べた。
おまんじゅうの方は、おばあちゃんのかばんの中の、口紅を拭いたティッシュに包まれていた。なんかもう手の上に受け取ってしまったので食べるしかなかった。今回の出来事の中で唯一(イヤだ…)と思ったことだ。笑

おばあちゃんは「久々にお友達が家に来て嬉しいわ」とか「いつでも遊びに来てね」とか言って、とっても嬉しそうだった。ジュエリーとか旅行の写真、手紙の箱を全部ひっくり返さんばかりの勢いで話をしてくれた。可愛かった。
でも、数秒後には不審者・カニ缶およびおまんじゅう泥棒になるかもしれない私は、日が暮れる前に帰ろうと思った。

そう遠くない未来に見知らぬ人の謎のメモに震えあがって、マジで水道は壊れてるし、その数日後には記憶にない水道会社がやってくる運命のおばあちゃん。自分では覚えていない時間があることを想像すると、怖くてたまらないだろうな。やっぱりずっと近くにいてあげたいなとも思ったけれど、結局は自分の身を案じて、帰ることにした。
お子さんと2人暮らしなのが本当なら、お子さんにバトンタッチ。
おばあちゃん的本当なのだとしたら、明日以降もまた道に立っていると思う。その時考えよう。

おばあちゃんには申し訳ないと思いながら、お話途中にスマホをいじらせてもらい、15分後に着信音が鳴るようにタイマーを設定した。

架空彼氏の「ご飯できたよ」の電話をうけて、「もういかなきゃ!」と上着を羽織る私に、おばあちゃんは「彼氏さんとなかよくね。また遊びにおいでね。」と言ってくれた。外まで見送ろうとしてくれたおばあちゃんを家の中に押し込めて(笑)帰路についた。

それ以降、家に帰る回り道は「回り道」じゃなくなった。結局その後おばあちゃんと会うことはなかった。水道、直ったかな。お子さんとバトンタッチ出来たかな。

カニ缶泥棒に怯えていないかな。





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