見出し画像

市川準 トキワ荘の青春

歳を重ねるごとに静寂でスローテンポな市川準の作品が染みる。NHKのBSでの再放送と目黒シネマで上映されていたこの映画を続けざまに見る機会を得た。

そこの前を通る度に、なにか懐かしさでほっとしてしまうような古い木造モルタルアパートが近所にあったのですが、2年前のある日、出張から帰ると一瞬にして取り壊されて消えていた。その瞬間、そこに暮らしていた慎ましい人々も一緒に消えてしまったようなとても寂しい気がしたんですね。アパートの映画を撮りたい、と思ったのはその時でした。そしてトキワ荘を僕なりに再発見したわけです。

漫画マニアでもトキワ荘に特段思い入れがあったわけでもない市川準がアパートの映画を撮るべく、調べていくうちに題材がトキワ荘になった。

そんな経緯もあり、古びれたアパートで漫画家の夢、希望、成功、挫折をドラマチックではなく、定点観測のように一歩引いた目線で描くことで映画としての美しさや輝きが一層際立っている。

手塚治虫や藤子不二雄のような伝説の漫画家を主人公にせず、寺田ヒロオというそのアパートの中で兄貴のように慕われる人間を主役に据えるところも市川準ならではだ。

一切流行には乗らず自分の信じた純粋な漫画を描き、最後は筆を折る寺田。

自分が目指すべきものと相手が求めているものは必ずしも一致しない。どう折り合いをつけて生き抜いていくかも漫画家、創造者には必要であることを突きつけられる。

アパートの窓から漏れる春夏秋冬の光と人の温もり。ラストの相撲のシーンは美しすぎるモーションピクチャー。

こんな世界でも一つの作品で心が浄化される。