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濱口竜介 偶然と想像

続々と海外の映画賞を総なめにしている『ドライブ・マイ・カー』から数ヶ月後に届いたこちらの短編集も紛れもなく傑作だった。何でもない人と街をこんなにも美しく描く監督がここ日本にもいる。

長編と短編で投げる球の使い分け、文学的で唐突なエロスの導入は村上春樹のようだ。自由度の高い短編で実験し、そこで得たものをコストと時間がかかる長編に還元する。作家にとってこういった活動ができるのは羨ましく今後生み出される作品にとっても風通しの良い体制である。

濱口作品は見終わった後必ず登場人物全員を好きになり、その人たちの人生をちょっぴり考えたくなる。本読みを軸にしているからこそ際立つ掛け合いが、漫才師に負けない軽やかさでこちらもまんまと魔法にかけられる。それにしても古川琴音の小悪魔のような振る舞いは何度でも反芻したい。

今回の短編では現実世界では一見ありえないコントっぽい設定だったが、濱口の脚本と役者の芝居の説得力でありえる話になる。フィクションと現実の境界線が曖昧になる瞬間を常時狙っている。

そして、そもそもなぜ人は虚の話に魅了されるのか。それは鮮やかに騙されたいからではないのか。現実にそんなことが起きたら困るし面倒だけど、フィクションならばいくらでも振り回されたいし、そこには私たちの想像力も大いに加算される。

でっちあげた世界の住人となり人生を謳歌する。それは真実。