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蓮實重彦「見るレッスン映画史特別講義」について

タイトルにもあるように、蓮實重彦の「見るレッスン映画史特別講義」を読んだ感想を書きたいと思います。

映画に興味がない人や著者である蓮實重彦に興味がない人に興味を持ってもらうことを目的にしています。

映画が好きな人やこの本をすでに読んだ人と感想を共有することも目的の一つです。


まず、著者である蓮實重彦について知っていることをほんの少しですが書こうと思います。

映画に興味を持ったきっかけは、ヒップホップグループRhymesterの宇多丸がやっている映画批評コーナーをラジオで聴いたことでした。

彼の喋りの中に何度も出てきた固有名詞の一つが"蓮實重彦"でした。

初めて蓮實重彦を知ってから、インターネットで検索すると彼の映画ベスト100リストが出てきました。

そこに掲載されている映画をほとんどというか全く知らなかったので、YouTubeを使って昔の映画から観ていきました。

すなわち現在公開している映画だけではなく、映画には尊重すべき素晴らしい歴史があることを教えてくれた存在なのです。

それからは図書館で彼の本を借りたり、本屋で買ったりしました。

映画評論以外でもたくさんの本を書いているのですが全くと言っていいほど読んでいません。



そのような立場からこの"最初で最後の"新書を読むと、今まで蓮實重彦が言ってきたことを多くの人にもわかりやすく伝わる本になっている、と思いました。

数々の固有名詞はお馴染みのものですし、腐している人たちの中には新鮮な名前もありましたが、読んでみると彼がそのように書くのも納得する程度の予想できるものでした。

この本を読んで最も印象に残った箇所を長くなりますが、引用したいと思います。

以下引用

[「ああ、こんな素晴らしいものがある」という安心感と、しかしそれをこのように撮るのかという驚きもある。ですから、驚きだけを求めてもいけないし、安心だけを求めてもいけない。思いがけない瞬間に驚きが訪れ、その驚きがこれまで自分の中にあった何かに似ているのではないかという安堵感。それが映画独特の魅力であり、そこに、わたくしが色気と呼ぶものが漂ってくる。]

引用終わり

ほとんどの人が映画に安心を求める一方映画には驚きと安心の両方が必要である、と書かれています。

個人的には「カメラを止めるな!」のように当たっていてある程度安心が得られるのが想定できる映画だけでなく、自分から能動的に驚きが得られるようにひとりひとりが考えて行動できれば良いと思います。


この本には、今までと変わらないいわゆる蓮實重彦らしい文章がわかりやすい書かれている、という美点がある一方はっきり欠点もあると思います。

まず明らかな事実誤認があります。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の撮影監督をホイテ・ヴァン・ホイテマと書いていますが、実際はロバート・リチャードソンが撮影監督を担当しています。

もちろんIMDbには書かれていますし、日本語のWikipediaにさえも書かれています。

インタビュー書き起こしの弊害だと思いますが、いくらなんでもなミスだと思います。

他にもミスがあるのではないかと思っています。

そして、彼の"映画観"の限界らしきものが所々散見されます。

「アベンジャーズ/エンドゲーム」について、"退屈きわまりないもの"と書かれている箇所があります。

確かにこの映画だけを観れば"退屈きわまりない"のも当然ですが、「エンドゲーム」は2008年の「アイアンマン」から2019年まで続いてきたMCUの集大成となる作品であり、このようなものが成立した奇跡のような過程を踏まえてみても、単体で評価されるべきものではないと思います。

また、ディズニーについて"あらゆるものにディズニーが入り込んでいて"、"ある単調さが支配し始め"ると書いています。

確かにスターウォーズのシークエル・トリロジー(エピソード789)に関しては、開始するにあたっての戦略のなさ、投げやりとも思える展開の数々に辟易としてしまい、こんなものが作られるディズニーの体制にも疑問を抱いています。

しかし、ディズニーにはスターウォーズだけでなくマーヴェルのMCUがあるしピクサーが作る「ウォーリー」などの素晴らしい作品もあります。

「トイ・ストーリー」には言及していますが、この他にもある素晴らしい作品に対しても"単調"で"色気がない"と言えるのでしょうか。

テレビシリーズについての言及がないのも気になります。

多くの人がご存知の通り、今時はトップレベルの映画監督がテレビシリーズを務めるのが常態化しています。

代表的な人物に、デビッド・フィンチャーやスティーヴン・ソダーバーグといった名前が挙げられます。

ある人が書いていましたが、蓮實重彦が本書で絶賛しているデヴィッド・ロウリーもテレビドラマを監督しています。

映画だけが特権的な立場であった時代はとうに終わっていると思います。



まとめると、蓮實重彦の映画観がわかりやすく書かれている部分は素晴らしいが無視できないほど欠点もある、というのがこの本を読んだ感想です。

彼は普遍的な価値観を示してくれる存在であるとともに、古い価値観を持っていることも否定できないと思いました。

この本を読んだ他の人の感想も聞いてみたいです。

このノートを読んで少しでも映画や蓮實重彦に興味を持ってもらえたら嬉しく思います。