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おじいちゃん、鴎が凍えています

 前略。おじいちゃん、最近やっと「津軽海峡・冬景色」の良さがわかってきました。

 おじいちゃんが生きていた時に考えていたことと、予想外のことが起こり過ぎている昨今です。様々な苦悩と苦労を乗り越えて生きたおじいちゃんでさえも、想像だにしなかったんじゃないかと思うほどです。

「凍えそうな鴎見つめ泣いていました」

 この歌詞を聴いた小学生の頃の私は、「見つめて泣くくらいならさっさと助けに行きゃ良いじゃんか」などとほざいていました。あれは、窓から見える可哀想な鴎に自分を重ねた心情描写だったようです。でも私は違うことを考えました。すぐそこの、凍えそうな鴎の様子がよくわかる立場にいるのにも関わらず、その鴎に私がしてやれることは何もなく、ただ、レールの上を走る夜行列車の中からその様子を伺うだけの無力感を感じます。これは今の私です。

 今、一番大切で尊敬できる人が近くにいます。この世界はこの優しく賢い人が生きやすいようにあって欲しいのに、知識を嫌な方向に使う人ばかりが得をしていて、私が幸せになって欲しい人たちは泣いています。でも、無力な私にはこの状況をどうこうすることはできないのです。結局、人は自分一人で立ち上がるしかなく、私はそれをレールの上にある安全な夜行列車から眺めるだけなのです。私は優しい人間ではないので、落ち込んだ時にかける言葉が見つからず、下手な励ましをして余計に傷つけるだけです。どうにか、凍えそうなところから温かな室内へ案内しようとするけど、私は夜行列車に乗ってしまっているのです。「夜行列車」は大袈裟な比喩かもしれないけど、現実世界ではソーシャルディスタンスを求められている時代です。そばに居たいのに距離を空けなければいけません。これでは私の言葉の本心は伝わらない。本当に酷いのは、彼を直接傷つけた奴ではなく私なのかもしれません。

 一番近くにいる大切な人すらも守りきれないくせに、遠い国の悲劇にも心を痛める私です。おじいちゃんは至近距離で爆弾の爆発音を聞いて片耳の聴力が吹っ飛んだと聴きました。聴力だけでなく、命も簡単に吹っ飛ぶ時代だったと聞きます。そんな時代を生きたおじいちゃんは、私たちの時代を大切にしろと、命を大切にしろと、常日頃から言ってくれていましたね。遠い国の悲劇でも地球は丸く繋がっているから、いづれ私たちのすぐ近くでも同じようなことが、とか考えてしまいます。これはもう、「歴史は繰り返す」ということわざを呪わずにいられません。というか、軍事や武力がどうだとか政治経済がどうだとかの問題が全くなくとも、命が軽く吹っ飛んでいるのが現代です。大流行りの病以外にも、暴走する多様性に殴られてやられる人も多いです。そのうちの一人が私の大切で愛おしいあの人だったりするのです。「多様性」とは、平和な社会がもたらした新たな問題だと思っていました。社会が平和で、みんなの心に余裕が生まれたからそれぞれの価値観を深める機会を持てて、それがぶつかり合っている。その段階に人類は達したんだと思っていました。AIが人類から仕事を取り上げたあとは、人類みな楽しく芸術とか学術に勤しんで、遊んで生きるんだと、その未来は近いんじゃないかと、思っていました。だけど、世界はまだまだ平和ではありませんでした。

 でも私は文章を書き続けたいと思います。おじいちゃんに演歌と甘味とタバコがあったように、私はとある海外のアーティストと 面白くて賢いYouTuber何人かと出会えました。あの人には高音ボイスが売りのアーティストと、主人公がいないとされるあのアニメシリーズがついています。人はやはり、音楽や物語や、多種多様なバラエティに救われるみたいです。色んな価値観が織り混ざった、この時代でしか享受できない、至高の芸術が渦巻いています。それを私は舌全体でたっぷりじっくり味わいながらアイディアを得ます。そしてそこから文章をつくります。持ち物全部奪われたとしても、私は一人で書くことができます。この先何が起こっても、何かをつくり続ける心だけは捨てたくないです。それが凍えそうな鴎を直接助けることはできなくとも、いつかはその周りの雪くらいは溶かせるくらいに育つのではないかと、ほんのちょっぴり期待します。叶わなくてもいいけど、生きる希望が持てそうな夢を見続けて生きていきたいなと思います。私にとって夢とは叶えるものではなく、転ばぬ先の杖です。

 おじいちゃんは「津軽海峡・冬景色」をどう解釈していましたか?最近はすごくおじいちゃんに会いたい気持ちで溢れかえっています。カラオケの点数とビブラートの秒数がおじいちゃんの記録を抜いたら会いに行こうと思います。おじいちゃんは鼻にチューブあっても難なく96点、ビブラート合計時間2分越えでしたから、その記録を越えるのにはだいぶ時間がかかることだとは思いますが。

 おじいちゃんの住む極楽浄土地方が、平穏であることを祈ります。草々。

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