【読書雑記】塩野七生『ギリシア人の物語(I)−民主政のはじまり』(新潮社、2015年)

 ここ数年、年末・年始になると日本経済新聞にこの人のインタビューが掲載される。もしかすると、ほかの時期にもこの手の彼女の記事はいくつも出ているのかもしれない。ただ、一年のまとめというか、新たな年の出発となるこの時期、彼女の話を聞いてみたいという衝動に駆られることは確かである。
 インタビュー記事の内容の多くはリーダー論。長年にわたってヨーロッパ史の「いい男」を取り上げてきた彼女の人物評には、いつも独自の観点と説得力があり、しかも痛快だ。昨年末(2015年12月20日朝刊)の記事によると、記者の「国を率いる〔リーダーの〕条件は何か」との質問に「政治のリーダーは美男である必要はない。でも、明るい顔である必要はある。やっぱり辛気くさいのはダメです」と。「辛気くさい」なんて言葉、久しぶりに聞いた。相変わらずだ。
 さて、彼女の最新作『ギリシア人の物語(I)−民主政のはじまり』(新潮社、2015年)が年末に刊行された。そのことを、このインタビュー記事で知った。さっそく、年末年始の読書のためにと買い求め、アテネ・スパルタ両国の成立ちについて書かれた第二章、それから二次に及ぶペルシア戦役の第三章まで、一気に読み進んだ。だが、今年の正月休みはいつもより短かく、第四章のペルシア戦役以降は残ったまま……。それも、先日ぽっかりあいた土曜日に一気に読み終えた。
 ヘロドトスやトゥキディデスの記述を踏まえ、ときにはこれに批判を加えつつ、さらに最近の歴史研究の成果を織り交ぜていく。あとは、歴史の隙間を補う彼女の想像力。わたしは、購入した本に線を引くのは嫌いで、気になる箇所があるとページの見開き右上をわずかに折り、「犬の耳」のようにして後でその箇所を読み返すのだが、この本の「犬の耳」の多くは、先日一気に読み終えたペルシア戦役以降に集中している。
 彼女の小説が、単なる戦記文学や歴史小説に陥らないのは、先人たちの記述や歴史研究の成果がふんだん取り入れられているからではない。「人間とは、偉大なことでもやれる一方で、どうしようもない愚かなこともやってしまう生き物なのである」。彼女の作品には、そんな人間に対する深い洞察があるからである。「犬の耳」のように折り返された箇所には、彼女の洞察がちりばめられている。彼女は、この本を次の言葉で締めくくる。「このやっかいな生き物である人間を、理性に目覚めさせようとして生まれたのが「哲学」だ。/反対に、人間の賢さも愚かさもひっくるめて、そのすべてを書いていくのが「歴史」である。/この二つが、ギリシア人の創造になったのも、偶然ではなかった」と。
 さぁ、彼女がこれからさらに二年、ギリシア人の「物語」を彼女の洞察とともにどう綴っていくのか、ほんとうに楽しみである(2016年1月25日記)。

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