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環境の子

あなたが暮らしているところはどんなところ?

あなたが暮らしている仲間はどんな人たち?



あなたがどれだけ意思が強かったとしても。

あなたを包む環境の引っ張りはさらに強い。

環境に逆らって熱意を燃やしても、燃え切った時にあなたを環境が捕まえてしまう。


それなら。

逆手に取るのはどう?

環境に引っ張ってもらう。



環境って、暮らす場所だけじゃない。

話す人。
食べる物。

それに、実は身体の動きは大きな環境。
身体に引っ張ってもらうことだってできる。



僕は今、《暮らしの道具》としての身体のつくり方を伝えてる。


まわりまわって戻ってきた。


元々、僕はハタヨガの練習をしすぎて身体的には誰からも違和感がある動きをしていた。

そして、ある程度の満足とその何倍もの大きな失望を得て身体を置いて進んでいった。


進んだ先にあった集中の道は大きな変革を与えてくれた。
だから迷う道がもう僕にはないし進む道も一本しかない。

日々この道をただただ進む。

幸いにも喜びは内からだけじゃなく、僕の生きるこの自然や仲間たちもたっぷりと与えてくれる。


そんな幸せな道をただただ汗水垂らして生きている。
いや、地を這うように進んでる。



そんな暮らしが続いているうちに僕も歳を重ねてきた。
もちろん仲間や生徒のみんなも同じように。

ある時、ふっとみんなの身体を見た。

正直に言えば、誰の身体も道具としては整っていなかった。
身体に苦しめられていた。

僕はもう自分の身体は置いておけるくらいの状態にある。
瞑想だけが暮らしにあった時から、この猛烈な百姓暮らしに合う身体に変えるのに2年かかったけれど今は最適で一番良い状態だと思う。

実は、体重はこの2年で11kg増えた。
重い鍬や斧をふるい続け、丸太や土を運べるサイズに形を変える必要があったから。

僕のハタヨガ時代を知っている人から見たら派手な動きは全くしなくなったのだけれど、このサイズになっても前以上に身体は軽くフワフワと自由に動く。




方法はよくわかってる。


不思議なエネルギーの話ではなく。

当たり前の練習の繰り返しでたどり着く。


これまで。特にこの5年間。

身体を動かすことを伝えることをやめていた。

それは、自分が体を使いすぎた結果として体の持つ欲に苦しめられたことも勿論あるしこのまま世界がヨガのポーズに飲み込まれきってしまうのをなんとかすることがヨーガにとって大切だから。

ヨーガにとって身体のことはほんの入り口でしかないから。

それでも身体と一緒に生きていくのだから無視していられるのは若いうちだけで必ず向き合わなくてはいけない日が来る。


それはできれば早い方が良い。


これからどんどん暮らしは形を変えていく。

置いていけない身体を置いていけるかの様に誤解させる今の暮らし。

機械はどんどん身体を動かさなくても良いかの様に見せかける。

ボタン一つで全てのことができたとしてもあなたの身体との繋がりはどこまでいっても消えない。


逃げ切れる?


できれば早くした方が良い。


僕らの知っている元気な人生の大先輩たちと今の僕らは全く違う社会を生きて、全く違う食事をしているのだから。

全く違う環境に引っ張られているのだから。



あなたの環境に。


あなたの身体と一緒に。




なかなかなかなか。

時間を創れずに猛烈な山暮らしをしているのだけれど。

工夫をする時が来ている。



暮らしの道具をあなたにも。



またまた近いうちに。



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