偶然、偶然

 生まれたときから目が見えないんだ。ただ僕は最初から「見えなかった」わけだから、そのところでは、まぁ、少しは救われているかなって思うよ。だって最初から夢なら、それは夢ではなくて現実だろう。つまりそういうことだ。「見える」と「見えない」は対義語で、僕には「見える」が初めから無いのだからこれは「見えない」わけじゃないんだ。
 理屈っぽいだろうか?でも、許してほしい。僕は見えないのだから、頭で考えるしかないんだ。
 
 意地が悪い言い方をすれば、その男は目が見えない分よく喋る男だった。その男の饒舌な口ぶりはまるで「見えているぞ。」と言っているようで、気味が悪かった。

 「僕はどんな顔をしている?」
その男は、私の目を見ていった。その男の双眼には、人工の目玉が嵌められているらしかった。
「生まれてから一度も、自分の顔を見たことがないんだ。だから、こうやって色んな人に聞いているんだ。」
男は私をじっと見つめたままだった。もちろん瞬きなどはしなかった。そして男は、私のことをじっと見つめたまま質問を次々投げかけてきた。

目の大きさは?一重まぶたなのか二重まぶたなのか?目の間はどれくらい離れているのか?まつ毛はどれくらい生えているのか?額は広いのか狭いのか?鼻は大きいのか小さいのか?高いのか低いのか?顔の形はどうか?耳は大きいのか小さいのか?耳たぶは厚いのか薄いのか?口は大きいのか小さいのか?歯並びは綺麗かどうか?唇は厚いのか薄いのか?鼻と口はどれほど離れているか?頬骨は目立つかどうか?顔色はどうか?

 男の質問は終わらなかった。そうしている内に夜が明けてしまった。私は正直、もう勘弁してほしかった。一晩中男の顔を見つめていて、気がおかしくなりそうだった。しかし私のうんざりした様子が分からない男は、そのペースを落とさずに質問し続けた。

「なぁ、鼻の穴は下から見た時に左右対称になっているだろうか?それともどちらかが大きくなっていたりするだろうか。」

 男は、生まれつき目が見えないということを心底憎んでいた。また、それ以上に私たちに対して腹を立てていた。

「どうしてお前は目が見えるのに、僕は目が見えないのだと思う?」
「分からないよ。でも偶然だろ、そういうのは。貧乏と金持ちみたいなもんだ。」
「それは、お前の目が見えるから言えるんだ。」
私は本当に眠かった。
「偶然で、目が見えなくなるのかよ。」
その男の語気が強まっているのは感じていたが、私はどうしても眠気に勝てなかった。
「人生って、1度しかないんだぞ。分かってんのかよ。本当、ふざけんなよ。」

 私は、もう2度と目覚めることはなかった。頭は覚醒しているのに、目の前は真っ暗だった。瞬きしても辺りは真っ暗なままだった。それに目が焼けるように痛かった。痛みに冷や汗をかきながら、私は携帯電話を探した。やっとの思いで探し出した携帯電話も、真っ暗で何も見えないので、操作することができなかった。全く、何をどうすればいいか分からなかった。私は、あの男が簡単にそうに携帯電話を操作していたところを思い出した。
 仕方がないので私は外に出た。靴は履かなかった。外に出ても、今が昼なのか夜なのかも分からなかった。車の音はするが、どこを走っているのかが分からなかった。私はその場に立ちすくんだ。そうすると女性が話しかけてきた。そして、「大丈夫ですか?」と聞いてきた。私は「目が痛くて、何も見えないんです。」と言った。
 僕は病院に運ばれた。呆気なく「失明しています。」と医者に言われた。その後、病室に警察が来た。「警察です。」と言っていたので、警察だと思う。そして「犯人は捕まりました。」と言った。続けて「自首です。」と付け加えた。
 私は「偶然」を呪った。つまり、私があの男に選ばれたのもただの「偶然」に過ぎなかったのだ。

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