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法の生贄(いけにえ)

いま、自分にできることは何だろう。
 
そう考え、一般社団法人Springのメルマガ「すぷだより」No.126に寄稿した文章を、こちらに転載します。*1
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法の生贄(いけにえ)
 
Springはワン・イッシューの団体だ。
刑法改正「だけ」に取り組む。
だけど性暴力被害者を
ワン・イッシューの存在だと考えるのは間違いだ。
性暴力被害者に対して
世間知らずの無垢な少女(または元少女)
というイメージを持つかもしれない。
それも間違いだ。
わたしたちは世間知らずではないし
性暴力被害者は女性だけではない。
わたしたちは普段
白衣を着て働いていたり
キーボードを高速でたたく仕事をしていたり
会議でプレゼンをしたりしながら
それぞれの得意分野で活躍しているし
正社員だったり非正規社員だったり
フリーランスだったりもする。
家族が活躍するために家計簿をつけて
税金や電気代の高さと闘っていたりもする。
もちろん症状が出れば静養するけれども
わたしたちは社会を構成し
それぞれの場所で
社会のために奮闘している。
ワン・イッシューではないのだ。
だから、今国会の状況には
痛切な苦しさを感じている。
わたしたちの地域社会には
すぐそばには移民の方たちが
暮らしていることを知っている。
彼らはわたしたちと同じように
母国で迫害を受けて
迫害を取り締まる法律がないために
救いを求めて日本へやってきたのだ。

半年前、わたしはこの場所に書いた。
「性暴力に遭わなければ
 知ることはなかったけれど
 わたしたちは
 法的保護も社会的承認も
 剥奪された社会に生きている。
 こうした原始的差別は
 命にかかわっている。
 性暴力に遭って初めて
 わたしたちは心底そのことに気が付く。」*2

わたしたちは知っているのだ。
法律によって守られていないという意味では
お互いに何も変わらないということを。
性暴力被害者は、気が付いている。
移民の方たちも、気が付いていると思う。
今、日本という国の在り方が
真に問われているのではないだろうか。
原始的な差別については
「内政問題」という言葉は
もう通用しない時代だ。

Ⓒ2023 池田鮎美 All Rights Reserved 

20年以上前
わたしが最初の性暴力被害に遭った直後
自分のアパートでは眠れなくて
友人のアパートに身を寄せたことがあった。
そこに筑波大学の大学院生が遊びに来ていた。
彼女は熱心に
牛久にある東日本入国管理センターの状況について
わたしに語りかけてきて
「一緒に外国の方たちを救おう!」と言った。
わたしは「すごい熱意だなぁ」と感心しながらも
自分の抱えてしまったトラウマ症状について話した。
「今はとてもそれどころではないのだ」と。
すると「そんな個人的なことよりも
もっと国際的で大切なことがあるよ」と
言われてしまったので
わたしは悲鳴を上げた。
「レイプは個人的なことじゃないです!」
その日、わたしたちは朝まで大激論を繰り広げた。
互いに勉強が足りていなかったと思う。
今だったらもっと話せたことがあると思う。
だってわたしたちはあのとき
「尊厳」という同じ問題について
人間の最も原始的な差別について
お互いに真剣に悩んでいたのだから。

わたしたちのように
どこの国からも尊厳を守られずに
法の網の目から零れ落ちてしまう人のことを
ホモ=サケルと呼ぶ。
「生贄(いけにえ)にされる人」という意味だ。
世界は日本がホモ=サケルをつくり出しながら
繁栄してきた国だと気が付いている。
G7の諸会合では日本について
「法治国家を名乗るなら
 早く法治を確立すべきだ」
と皮肉ったパネリストがいた。
勘違いしてはいけない。
こっそりと生贄を差し出すことなど
もうできっこないのだ。
(池田鮎美)
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*1 一般社団法人Springのメールマガジンへのご登録(無料)は、Springホームページから可能です。http://spring-voice.org/

*2 「すぷだより」No.115より抜粋。