マガジンのカバー画像

動詞/Verb

46
運営しているクリエイター

2018年8月の記事一覧

『覚える』#223

昔は得意だったのかもしれない。しかし不得手だったかもしれない。そう思う根拠はそれぞれに違っていて、つまり内容に依るということがはっきりとわかる。 自動車の名前とデザインを覚えることに凄まじい才覚を発揮していた幼稚園児時代は、振り返ってみても思い出せる意識下の記憶がないので理屈も何もわからないが、わかることがあるとすれば、デザインと名前を丸ごと丸呑みにして覚えていたのだろうということ。近頃、ものを覚えようとするときにはカタログのように並列して名前と写真とがずらっと並んでいるなか

『忘れる』#222

昔からそうだった気がする。そんな気も確かな記憶ですらない。かつてあったことの事実だって、これからあるだろう未来、確実性の高い予定だって、目に見えるところにバンと明示していなくてはアタマのカレンダーからさらりと消し落とされてしまったときに書き直すことができない。「あれ、あの予定はこの日のこの時間だったと思うけど、どうだったっけ」と。思い出せる限りで手元のケータイのスケジュール表に日時を書き込む。 そうして私は、ブラインドが全開で明かりもついていないし誰もいない歯医者の店内を覗き

『捌く』#221

鯵を買った。家に帰って、まな板に置く。ぜいごをまずは切り取って、頭を落とす。これはたぶん、普通とは順番逆だな。頭を落としたら骨にそって刃を、尻尾の方へと入れ進めていく。ごりごり。上側の身と尻尾が外れる。ひっくり返して、また骨と身の間に刃を入れ進めていく。ごりごりごり。また身と尻尾が外れる。背骨と尻尾のセンターラインが残り、魚にとって左側と右側の身が外れる。三枚おろし。それで、刺身とした。骨はちょこちょことったけれど面倒くさくて、食べながらシーシーと逐次つまんで出した。アジはう

『かける』#215

書くことができる、その書けるではなく、何かを失った状態である、その欠けるでもなく、しょうゆをかける、カバンを肩にかける、迷惑をかける、などの、一言にいい尽くしがたい用法のとにかく「上から何か乗っかる感じ」端を端をつなぐ・渡す」の“かける”。 この、戸惑いを帯びる“かける”の多義性は、英語を習ううち知った“take”でも共通する。どんだけ意味たくさんあんだ、と。目的語次第で、意味が変わる。先の一文で読点を挟んでしまったのには、「意味」で正しいのかわからなくなってしまい。「意味」

『蒸す』#207

高い温度、高い湿度の空気で熱を加えて蒸し上げる。ふんわりもっちりとした焼売や肉まん、みずみずしく色鮮やかでやわらかな蒸し野菜、調理において多少手間のかかる料理方法だが得られる食体験は格別。 ただし気候、お前は別だ。そう断じたくなる季節がやってきて夏本番はまだ先だと思っていたのに海の日を迎えるより早くつま先から頭のてっぺんまでびしょ濡れである。まったくの比喩ではなく、家の中にいてじっとしていても背中や首筋、膝裏から湿ってくるし、外を歩いていれば額を伝う汗を拭ったそばから耳の裏に

『粘る』#206

納豆が粘るのはいいことだ。よく混ぜて、よく粘りを出す。人間が根気強く何かに取り組み、時間と労力をかけ(そして時間対効果を上げて仕事量を高め)られることはまた良いことだ。粘る、ことについては若干、価値観の差異で効果を上げる・高めることを狙うものとそれを度外視して時間と労力を区分して双方の量を高めることを示すものとで見解が分かれるだろうけれど、私自身は同じ仕事であれば密度が高くないものについては「粘る」とは言わないでおきたい。断りを入れておくと、密度の微分曲線が時間に比して高くな