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水槽夜行

地下鉄、私鉄、メトロ、泡を吹くように慌てて乗り込んで、地下に潜って窓に映る全部が水中みたいだ。ぐっ、と息を止めて居たくなる。時々見える蛍光灯、あれは僕らのはるか頭上に光を放つ太陽の生まれ変わり。乗客はみんな魚のどれかで、僕もグッピーあたりが良い。可愛がって貰えるし。
一生懸命歩く魚たち、一体貴方たちは何処へ何の目的で歩いているんですか。ヒレを休ませる場所が欲しいんですか。頼むから僕の目の前を波を揺らがすようにずけずけ歩くのは止めてくれないか。魚たちは喋らない。呼吸をするのに必死なので、俯いて板を見たり目を閉じたり、ただ呼吸に必死である。穏やかな波に揺られながら、まるでこのはこはゆりかごのように、穏やかに一日を終えようとしている。みんな帰る場所があるから。帰る場所がこの走る水槽のゴールで、魚たちは毎日自分たちの水槽にかえっていく。言うなれば、この走る水槽は仮住まいで、だから沢山の魚たちがゴミも糞も唾液も喧騒も遺していく。汚ねえもんを置いていくな。グッピーは、そういう汚ねえもんの置いてある水槽は嫌いなのです。そういうのは、自分の水槽でやってください。
ヒレを休ませて目を閉じる。穏やかな波の揺れを身体に感じながら、水温と体温がじわじわと馴染んでいって、やがて僕達は、身体が冷えていたと知らずに穏やかに溺れ死ぬ。この扉が開かなかったら、僕達は此処で死にます。その事実に誰も目をくれず、歩いたり、置いていったり、生き急ぐように波に揺られて、水槽ごと運ばれている。毎日は水槽に揺られ、グッピーは季節を歩く。呼吸するだけで必死になり過ぎる、この水槽の中で歩き続ける。口元に溜まりがちなあぶくを吐き出すだけで精一杯、だけど、目は閉じたまま、死を待っている。みんな、この生涯に詩を待っている。水槽の走る音に紛れながら、貴方のうたがききたい。




【泳ぐ睡蓮と歩く金魚の鉢から】――――水槽夜行


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