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エッセイ:instax_overdose

今やスマホで高画質の写真が撮り放題の時代だけど、なんとなくあたしはチェキを買った。

はじめてシャッターを切って出てきた一枚目は、真っ黒で塗りつぶされていた。シャッターのカバーが空いていなかったから。YouTubeで動画を見ていて、とつぜん電子端末の画面が暗くなったときに映る自分の顔に驚いたことがあると思う。そんな感じの吸い込まれそうな黒さが、あたしの手のひらの中にじわじわ浮かび上がった。
あーあ、このフィルム、高いのに。

そう、高いのだ。
これはお店によるんだけど、チェキのフィルムは10枚で700円以上する。一枚たりとも無駄にしたくない。
スマホで撮ったら撮り直しも連写も色味加工もできるし、ネットプリントに登録したら一枚30円でコンビニでプリントできる。
だから、シャッターを切る瞬間は最高に贅沢をしているのだ。

あたしは田舎の1000円に満たない安い時給でアルバイトをしている暇な学生なので、こういう「生きるのに必要ないけど楽しい」出費はまるで、過剰摂取のおくすりだ。

一枚、また一枚と、目の前の風景を切り取ってフィルムに浮かび上がらせる度に、70円が溶けていく。
あたしにツーショットチェキを撮るようなともだちは居ないから、ひたすらに風景だけがアルバムに溜まっていく。
大体がピンボケしたり、露出オーバーで白飛びしたり、青色がうまく出なかったり、フィルムカメラ特有のきれいとは言えない出来をしている。
ああ、あたしはこんなことがしたくて、こんなものにお金を使いたくって、働いているんだっけ?
パシャリ、ジー…… 70円。
パシャリ、ジー…… 70円。
平日に働いた安い賃金が、休日の風景に溶けていく。
陽だまりのあたたかさと、咲き誇るさくらと、晴れたあおぞらが映し出される。うれしい、楽しい、エモい、綺麗、手のひらの中にじわじわ浮かび上がる、一瞬を切り取った永遠。多幸感。もう一枚だけ、もう一枚だけ撮っちゃおう。
ああ、もう、やめられない。

今日も撮りすぎちゃった。

これを読んでいるおとなの人は、70円だの700円だのをチマチマ溶かしてくらくらと幸せになっている女子高生のあたしを笑うかもしれない。
そんなお金はちいさすぎるって。
もっとドカンとお金使って、楽しい出費をキメればいいって。
でも、あたしにとっての700円はおとなの人よりもちょっと希少なのだ。それをフィルムカメラとかいう、スマホに劣る、人生で無駄とも言える代物に溶かす背徳感。将来の貯金という概念を脳の奥底にしまい込んで、エモさを手にする瞬間。
楽しい幻覚は見えないけれど、こころがふわふわ浮いて、目の前がゆらりと遅くなる。
あたしのまったりと過ごす休日を笑わないでほしい。たとえそれが、中途半端にキマりきれないおくすりの作用と同じだとしても。


話は変わるけど、ずっと気になっていたお洋服の通販サイトで13,000円以上買うとノベルティでバッグがつくフェアを開催するらしい。

…………買っちゃおうかな!

2022/04/30(土)ねがえり


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