見出し画像

ショートエッセイ:自分の年の取り方で一番好きなところ

 今は公表はしてないですが、私はまあまあの年齢です。すっかり中年になったことを感じることも一度ではありません。2年前を最近と言ってしまったり、フランク・シナトラの曲が沁みるようになってきたり、体力低下が気になってきたり…。
 そうして過ごしていると、やはり過去や未来について考えてしまうもので、自分の年の取り方を振り返ったり、今後どのように年を取っていきたいかと考えるものです。
 正直、過去に対しての後悔は無限にありますが、一つ、これは良かったなと思うことがあります。それは、私にはいわゆる

「昔はよかった」
「最近の若い者は」

的な感情が本当に全くないことです。

 とはいえそういう感情がある人が悪いとは言いませんし、そのような存在がいることの意義はあると思います。もちろん私も自分が青春を過ごした時代やその文化への思い入れはあります。ただ、同時に私の青春時代も含めて様々な時代を相対化している面はあると思います。正直、特にネット、SNS事情を中心に「今の若い人は昔と比べて大変だな」と感じることはありますが、「まあ私の時も違う大変さはあったし」と同時に思うようになっています。
 私は昔から好奇心が旺盛で、新しいものを知ることを楽しめる性分でしたが、年齢を重ねてもその好奇心が止むことがない、何なら昔より旺盛なのはとてもいいことであるでしょう。さらにありがたいことに若い世代と関わる機会もしばしばあるので、そのような感覚を育み、維持できていると思っています。
 とはいえ私も新しい文化にはついていくのに精一杯なところはあります。たとえばtiktokなどは正直勉強も兼ねて見ていますがまだピンと来ていないところも多いです。


とはいえ「だからよくないんだ」「自分には関係ないものだ」と思わずに、「流行ってるんだから、何かきっといい面、新しい面があるんだろう」という目で興味を維持することができていると思います。
 もう一度言っておきますが、それができない方がだめとい言いたいわけではありません。世の中は様々な角度の視点が集まるべきですからそのような存在がいることも必要です。ただ、個人的には「もったいないな」と思わないわけでもありません。
 最近覚えているのは、「水星の魔女」とか「推しの子」について「現代の創作の悪弊が出てる」みたいなこと言ってる人を複数見たんですよね。それに全く理がないとは思いませんが、私は古典的なものも踏まえながらスピード感などに現代のいいところが出てて、「ああ、いい時代来たなぁ」と思えたりしました。そのように真新しいものをポジティブに捉えるっていうことはできていて、本当に良かったなと思います。

 そもそもそれができてなかったら、多分vtuber活動ができていないと思うんですよね。私がよくやるフリーゲームやインディーゲームはまさに新しい現代的な感覚が炸裂していますし、特に私は作品を薦めたりとかするキュレーター的なポジションを自称しているところもありますので、現代的な感性を理解できなければ終わってしまいます。何よりVtuber活動って若い世代のVtuber仲間や配信者、クリエイターとの交流が欠かせないものですから。もちろんこれからは老害とか、逆に変な若作りになったりしないように、うまくバランスを取ることが必要ですし、それがどんどん大変になっていくんだろうなぁと思っています。
 もちろん、新しいものに対して全てを肯定すればいいということはないです。ただ、それを肯定するにしてもしないにしても、それが生まれたところには、どのような背景やよさがあるのか。ではその新しさは何を狙って、今の世代にどう届いているのかを考える。そんな姿勢を好奇心を背景に維持できていること、それだけは歳の取り方として本当に良かったなと思います。

 年の取り方でもう一つ。
 私はヒップホップが好きなんですが、日本のラッパーにはすごくいい年の取り方をしてる人が結構いるなと思っています。
 私の大好きなライムスターのお三方もそうですし、THA BLUE HERBのBOSS THE MCさんとかもそうですね。


 KREVAさんもすごくかっこいいですし、あとSHINGO西成さんもすごくいい年の取り方をしてるなぁと思います。

みなさん共通して、老成と同時に若々しさであったり、いい意味での大人げなさを感じるんですよね。新しいものを取り入れつつも成熟味もあり、その複雑さから生まれる表現が、単純に明るいだけではないけどちゃんとポジティブさに溢れているのを感じます。私もそういう年の取り方ができたら、これからも自分の老いを誇れるんじゃないかなと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?