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読書録と20歳の午後~アルベール・カミュ『ペスト』~

 何を隠そう私は海外文学に触れたことが少なく(というか読書量もそこらへんの本好きに全然満たないんですが)、まあちょっとした劣等感みたいなものがあったわけです。
 そんなとき、最近ゲームの影響で文学を雑食している妹の本棚から、「よし、海外の教養でも身につけるか」と思って選んだのがこれでした。

 一時期話題になりましたよね、『ペスト』。
 話題になったのは知ってましたが、どこが取り上げられていたかは忘れてしまったので、「今の流行り病に通ずる心構えや対策でもある、教訓めいた小説なのかな?」と思っていました。

 結論。体感としてはこれ、別に教訓めいてない。
 というかむしろ、登場人物が皆すごく人間らしい。医者とか司祭とか、ご立派だとされる人物でさえ徐々に人間味がにじみ出てくる。そこがすごく好きでした。
 社会の動きとか、個人の心の動きに共感と先行きを見出してたのかなぁ。

 さて、この流れで色々感想垂れ流していきますか……。

〈人物〉
 この小説に主人公らしい主人公はいません。ただ、目立つ人物が何人かいます。
 医師のリウー、手帳に様々な観察を書き留める住人タルー、街から出ようとする新聞記者のランベール、司祭のパヌルー、老役人のグラン……肩書きも信念も家族構成も違う人たちが、どう事を見て、どう事に対処するのか。その違いやそれぞれの移り変わりが面白かったです。

 好き! ってキャラはリウーなんですけど(沈着冷静で優しい医師、遠くで療養中の奥さんがいるけど二の次、けれど段々内面があらわになってくる、そして……という悶え要素全盛りマン)、興味を持ったのはパヌルーでしたね。
 最初のほう、ペストは我々の報いだ、神はこの災禍で我々を本質に還らせる、などとおおげさな説教をするんですが、子供の死に際を見てから、説教内容ががらりと変わるんですよ。それはもう、異端すれすれなくらいに。このひとを見てると、普段の生活や今までの信念では受け入れがたいことを落とし込むって、どれほど変化を必要とするんだろうと考えさせられました。
 あとはランベールも良いですね。裏ルートから出ようとするときはこいつ絶対こっぴどく騙されると思ってひやひやしながら読んでました。レ・ミゼラブル的思考?笑

〈地の文の語り〉
 この文章はずっと3人称で、筆者による客観的な語りとして進んでいくんですが、この筆者が記す社会の様子がなんとも、リアリティがあるんですよ……。
 実は初め私は、この事件のことをノンフィクションだと思ってました(世界史の知識のなさがばれる)。ですのでこの、ペストというどえらい病気が流行ってロックダウンみたいになったあとの人間のさまに、どこか自分たちも数年前に体験した隔離や制限と似たものを見て、流行病に対する普遍性?みたいなものをしみじみと感じていたわけです。

 例えば、ペストが始まって4ヶ月ほど経ったときの様子がこうです。
「最初何週間かの間は、自分の愛に関することがらにおいて、もう亡霊ばかりしか相手にできなくなったことを、彼らはとにかく嘆きたがったものであったのに、その後彼らは、これらの亡霊がさらにやせ細って、思い出によって残された最も些細な色合いまで失ってしまいうることに気がついたのであった。」 
 つまり「もう誰一人、大げさな感情というものを感じなくなった」ということなんだそうですが、わかる気がしてしまうんですよね、これが。先の見えない制限がある程度続くと、記憶の薄れと共にドラマチックになるのもばからしくなる。何してもどうにもならないから、ただ皆と同じように生きていよう。そんな記憶が確かにあります。
 他にも「わかる気がする」ところが幾つかあって、カミュの観察眼に尊敬の念を覚えたものでした。

 しかし読み終わってみれば!? これはフィクション!?
 胸ぐら掴んで訊いてやりたくなりましたね。このリアリティはどこで何を見て生み出したんだ、と!

 ……いや、でもよく考えたら、ノーベル文学賞作家ですからねぇ……。
 作家ってものは近しい体験をしてなくても、知識と想像でノンフィクションのように書けてしまうんでしょう。そう思うと、結構体験由来で書いてる自分はまだまだ未熟だってことでしょう。

 あとは体験を詳しく思い出そうとすればするほどに、自分があの数年前の流行り病に対してどういう立場にいて、どういう心持ちだったのか、見えてこないことがわかってきました。リウーやパヌルーみたいな行動原理や信念はなかったのかもしれませんね。ただ、愚鈍な市民のように生きていたのかもしれない。人の価値観や職業への向き合い方を決めるものって何なんでしょうね? 人生の積み重ね? 抵抗? 欲求?


 後半がなんだか真面目な話になってしまいましたが、面白かったですよ!458ページにわたって「不条理」が書かれてましたが、エゴばかりで構成されてなくて親近感も湧くので私は嫌いにならずに読めましたし、最後にはちゃんと報われる人もいます! え、全員ではないのかって? それは気にしないでください!

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