昼寝と柱

 仕事に向かう途中に、小さな駐車場がある。普通の駐車場であるが、一つ特徴を挙げるとすれば、民家と接しているためか、カラスや猫といった動物がよくいることである。晴れの日であれば、大抵猫が日向ぼっこしている。冬の寒い日でも日向ぼっこしている。ああそうか、猫は冬眠はしないのか、と思ったりした。
 猫のあの自由奔放さが好きだ。そこらで寝そべっていれば、通りすがりの人が愛でてくれる。猫はそれを知っているのだ。
 どうにも羨ましいので、彼らの真似をしてみることにした。
 昼間、同じ駐輪場の日向で、寝っ転がってみた。ふむ、とても心地がいい。ストーブやエアコンの暖かさに比べ、なんと柔らかいものか。ストーブやらは、やっぱり、だめだ、あれの前だと、落ち着いていられない。
 人間の仕事は、殆どが自然の模倣である。小さな四角い小石みたいなのが並べて置いてある板をカタカタと叩いて、その上にある大きな板に映るモノを必死に見続けている。パソコンというらしいが、奴らはあれが人間の発明で、偉大なものだと自負するが、くだらない、川が、海が、もっと素晴らしいものを映すではないか。水晶が反射する光のほうが、もっと心に響くものを伝えてくるではないか。奴らは本物の自然にはとうに及ばない。われらこそが自然界の頂点だと言わんばかりの立ち振る舞いをしているが、結局はただの「紛い物」なわけだ。
 自然はいい。とてもいい気分であった。最近悩んでいた頭の疲れも、すうっと抜けていくように感じた。そして、疲れが、まるで「疲れ」という塊が頭から飛び出ていってしまったかのようになくなると同時に、深い眠りについた。
 起きた。目を開けると、周りには人がたくさんいて、覗き込むようにして群れていた。奴らの覗き込む頭の奥に、太陽が高々と昇って、眩く輝いているのが見える。起きたばっかりで頭はまだ寝ている、奴らが何を言っているのか分からない。太陽の逆光でこいつらの様子もよくわからない。しかし、皆が、まるで、何か得体の知れないものを見るような、何が恐ろしいものを見るような顔をしていることはわかった。
 何かあったのか。そう思って起きようとすると、体がふうっと、いつもより軽く起き上がった。頭の疲れもなくなったし、本当に頭が軽くなったように感じた。あまりの軽さに、起き上がるその勢いで、宙で一回転してしまった。そのまま二回転した。やはり、思いもよらないことが起きると、目を瞑ってしまうものだ、怖くて目をぎゅうっと瞑ったまま、そのままくるくると、宙をまわっていた気がした。
 かなり長い時間が立ったような気がする。しばらくして、回転は収まった。しかし、長く目を瞑っている間に、相当遠くへ行っていたらしい、目を開けると、見知らぬ町へ降り立っていた。
 そこは、今まで住んでいた町に似てはいたが、やはり別の場所であった。
 道ゆく人に、ここはどこか、迷子になってしまったのだ、と声掛けてみた。しかし奴ら、全く返事をしない。皆せかせかと去ってしまう。おかしな連中だ、少しくらい話を聞いてくれてもいいだろう、と思った。もしや、奴ら私の言葉が通じないのか、そんなに遠くの地に来てしまったのか、と、少し不安になった。
 しかし、思い出した、以前の町には、高い高い柱が立っていたではないか、あれはここから見えるか、と思い、周りの空を見渡した。すると、見えた、あの柱だ。あれを目印に帰ろう。
 遠くに見えたので、いつもより遥かに小さく見えた。しかし、不思議と、あの天辺まで実は近いのではないか、いやむしろ、逆に遠いのではないか、などと思った。
 柱を目印に進んでいった。途中幾人もの人とすれ違ったが、皆手のひらの板に目を向け、せかせかと歩いていた。やれやれ、人間とは、こうもつまらない動物であったのか、と思った。道端の花一輪のほうが、よほど見る価値がある。そんなことにも気づかないとは。
 進むにつれ、段々と見慣れた景色になっていった。そして、家に着いた。よかったが、どうにもあの柱の天辺が近く感じてしまって仕方がなかった。
 そういえば、あの駐車場は、今どうなっているのか、あの人間たちはまだいるのか、と思い、そこへ向かった。奴らはまだいた。しかしその数は2倍にも3倍にも増えていた。加えて、車が2台ほど停まっていた。一台は駐車場の中で停まっていた。一台は真っ白な車で、人混みの外に停まっていた。車の白い部分に、赤くなり始めた空が見事に映っていた。
 何があったのか、と声を掛けた。しかし、こいつらも、あの町の奴らと同じで返事をしない。今日は一体どうしてしまったのだ、全くおかしな奴らだ、と思った。
 奴らは皆、駐車場のある場所を見ているようであった。そこは、昼間寝ていた場所であった。俺が離れていた間に、何かあったのかと思い、人混みを通り抜けてその場所を見た。
 そこには、俺がいた。その「俺」は、頭を車で轢かれていた。頭がぐしゃっと潰れて、脳が絞り出されたように飛び出ていた。死体であった。
 呆然とした。太陽が、あの柱の後ろに隠れた。柱の影が、ちょうど俺たちに掛かった。空は赤かった。「俺」は布で隠された。布の、首から上を隠す部分が、赤く滲んだ。「俺」は担架で運ばれた。「俺」は、俺を通り抜けていった。
 ああ、あの柱の天辺に登るのも、容易いのだろう。

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