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量子力学まわりの言い分で時々出会う訝しさ(不可知論的背景?)


量子力学まわりの言い分で、時々出会ういぶかしさがある。そこにはちょうど、ポストモダンの言説(テクスト)の裏側を支配していた精神の荒廃にも似た、何らかのshakenな背景(コンテクスト)を感じる。

★混乱や対立?処理の発端となりうるかもしれない考え?の、要諦メモ(未だ網羅的ではない)

(ドキュメンタリー2017 量子の力学 フル)

4:15- (とその前後)

上述のような意味では、突飛さ(予測不可能性)・揺らぎ、などとしての不確実性があり得る のがわかるが、肝心なことは、これまでの常識からすると常軌を逸したとも感じられる突飛さではあっても、「=無軌道」ではない、点。[ if前文→結果、の秩序を越えない。飛躍の振る舞い方に 一定の(確率論の次元であるとしても)パターンがある など ]

また、こうも言っている。

41:10-

『電子が原子核のまわりを回るときは、特定の軌道しかとらない(cf 太陽系などの天体の運行)』
『が、熱が加わる「と」( if前文→)、《量子飛躍》が起こる(→結果)。(cf 太陽系のある惑星が、自分の軌道から別の惑星の軌道へ飛び移るよう)


また、こうも言っている。量子のレベルでは!曖昧さが存在する(確率論的次元)、が 物体が大きくなるほど安定する!と。(そして、それはなぜか、などの物理学の学問らしい理由の説明と、眼差しが、ここにはある!)


が、文系的に大まかにこの学説を捉える者らの中に、あるいは物理学者のなかにさえ、
量子力学論の(今のところ)帯びる天外な?予測不可能性や不確実性に驚愕し、ある種の不可知論やニヒリズムに陥っている節が見え隠れすると感じるのは私だけか?

もうすこし現象学的にもしくは弁証法的に冒険的かつ冷静に捉えると、物事の筋道をつけられるのではと思う。


物体の「大きさ」、有機体・非有機体、またその物質(有機体なら有機体)が「(平たく言うところの霊的次元を含め)どういう性質のものか」による分節化、等々。

さらに、以下のようなステージの差異化と整理が可能なのではないか。例えば(有機体の)性質の問題でいえば、動物や人間などのように類や個としての自我・意志を持っておりそれに基づいた行為と行動の構造を持つものであるか否か。また、生命や生活の維持のために状況/環境と対話格闘する必要のある物(生き物)であるかないか——行為と状況との葛藤、目的のありかに伴う行動の方位と意志の変化、or(…にも拘らずなすべき)意志の貫き…などを含めた、多層的多義的な行為を起こす(or起こさなければならない)存在であるかないか。などである。

この場合、それぞれの起こしうる(起こりうる)可能性の分岐と、その確率の濃淡などを、的確なレイヤーに分ける必要がある。(生物学・人間学・心理学行動学的な領域、さらには宗教[哲]学、さらには(宗教そのものを超える必要のある)宗教的次元領域にまで及ぶ事に関しては、たしかに従来の物理学にはなかった性質であろうが。)

これらの行為や意志が、量子力学的な確率論に、畢竟かりに吸収されるにしても、である! それならなおのこと、面白いではないか)

これによって、不確定要素の強い事象が多々生ずる事が判明した世界にも、そのなかでそれぞれの特質---揺らぎや不確定性・予測不可能性等に応じた---確率論的な、少なくとも「意味の差異」が、生じる。

後はこれらの意味の差異を包摂しつつも当てはまる法則があるかないかへの言及をすればよいのである。

こうした整理・分岐/分節化を要するはずの事象に対する、理系(or文系がかった理系、理系がかった文系)側からの説明が、まだあまりにも十把一絡げである、という印象。

同動画における、二重スリット実験以降への説明。

縞状に生じる「干渉パターン」=波、波動 について。
波でさえ、(波、波状という)軌道・パターン(の集積と運動展開)としての軌道=波動、が生ずるのはなぜか。

これに対する言及がまだないのだろうか。現象学なら、おそらくこの点につけ込まないはずはないと思えるのだが...。見えるものと見えないもの の機序理解、またエネルギー論に対するトポロジーの応用(位相場理論?)などと絡まないのだろうか。

光(電子)や軌道の存在の陰にあるものが、「情報」を含め、偶然性や予測困難性に於ける法則性、もしくは干渉(法則性・傾向性)を物語る?と言えるかもしれない。
(見えるものと見えないもの、現象として現れるものと隠れるもの——光と闇 領域etcetc..などが?)

そういう意味では、量子力学はまだ未解明性、解明余地を残している。と言えば良いのである。

この点を追及することによって、同動画中でも一見分断されたかにまとめられている、アインシュタインとボーアの相互の領分も、或る接点で結びつくかもしれないのではないか。

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などなどと書いてきて...。。。

量子力学の運動パターンを、動画などであれこれ見せられているうち、

パウル・クレーの文庫本「造形思考」のなかに現れる図柄や解説のことをふと想起した。

あれ、、、結びつかないだろうか...。クレーは既に気づいていたのだろうか。などと。

それで、“クレー 量子力学” でググってみたら、こんなサイトが出てきた。リンクしておく



(線が世界を作る三冊 千夜千冊編集部 note)

アタマの中のイメージを「見えるもの」にするときに必ず破綻が起こる。...この「目に見えるもの」と「目に見えるようにする」こととのあいだを模索したのがパウル・クレーだった。......見えるようにするにはイメージそのものを「分節」していかなければならないとクレーは伝えたかったのだ。クレーは原始時代からの人類が描いてきた「線」をトレースし続け、その結果、イメージの本質が分節なのだと考えるようになる。  クレーは、分節の方法こそが造形思考の根本にあると結論づけ...


↑このページ中の、クレー以外の紹介部分で触れられている、クノー というのは 文脈からいえばクレーと思われる...。

(「造形思考」等に満載のこの画家に寄り描かれた線や図形からも自分にはそのように想像される)

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尚、同動画中の、遠隔操作 エンタングルメント への気づきの事象に関していうと、こうした事象についての、哲学におけるものの見方考え方は、[ 存在のor意識の ]両義性・可逆性(反転可能性)・捻れなどを含む可塑性への着眼の問題(超弦理論へとつなぐ?)だろう。この真の意味での弁証法——二元論ではない<統合的位相>でのcatch——により、人間心理学・行動学との相互対話はもちろんのこと、ひろく認識全般の可能的領野が格段に開け、情報処理能力は飛躍を遂げ、産業の著しい発達にも貢献し、同時にAI研究の劇的進化・シンギュラリティ到来の加速化などをも促しただろうなどとも思える。


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