心理学ガール #03

すれ違う言葉の意味

登場人物紹介
「僕」

  心理学部の大学四年生。語り手。
  社会心理学が好き。
ハルちゃん
  心理学部の大学二年生。好奇心旺盛。
  将来の夢は心理カウンセラー。
サキナさん
  心理学研究科の博士前期課程一年生。

 僕は心理学部の大学4年生。ここは大学のゼミナール棟2階の談話コーナー。久しぶりにハルちゃんと会えたから、この前の話の続きをしている。

ハル「先輩、前回の話の続きですけど……わたしが例として出した、意識ではダイエットしなくちゃって思っていても、無意識ではダイエットが必要ないって思っているから、ダイエットが上手くいかないっていう説明は、ダイエットの難しさを上手く説明できてると思うんですけど、それだけじゃダメなんですか?」

僕「確かに、ダイエットを成功させるのは大変で、無意識理論はその原因を上手く説明できると思う。だけどね、上手く説明できていることと、学問的に正しいかどうかってのは全く別のことだよね。例えば、太陽は東から昇って西に沈むという説明は太陽の動きを上手く説明できているけど、学問的には地球が自転していると説明することと同じと言えばいいかな」

ハル「あっ、そう言われるとそうですね。上手く説明できているからって、無意識があるという証明にはならないし、学問的でもないってことですよね……それで、無意識が行動を決めていることが間違っていると確認する方法ですよね……」

僕「聞き方を変えようか。無意識ってのは、その人が意識できないものってことだよね。それを測ったりして存在を確かめる方法はあるのかな」

ハル「無意識を測れるかはわかりませんけど、わたしたちは意識しない行動をしているのは明らかじゃないですか。呼吸だったり、瞬きだったり、難しいことを考えて眉間にしわが寄ったりは、無意識の行動ですよね。これでどうですか?」

僕「そうだね。僕達のすべての行動が意識されていないのはそのとおりで、それを否定するつもりはないんだ。そういった行動とか反応ってのは、心理学で大事な指標となったりもする。だけど、自律神経の働きによる無意識の行動や、反射や条件反射と呼ばれる無意識の行動は、催眠の説明で使っている”無意識”とは違うものだと思う。この同じ言葉だけど違う意味の言葉を混同するのも学問的ではないと思う。こういった対話をする上でも、学問的に検討する上でも言葉の定義はとても大切になってくるよね」

ハル「学問的な対話って難しいですね。だけど、なんだかワクワクもします!」

僕「確かに僕もワクワクしてる。それで、結局、今のところ、催眠の説明で使っている”無意識”ってのは、催眠を上手く説明できるけど、その存在を確認することはできないし、反証する方法はないってことだよね」

ハル「今はそうかもしれませんけど、もしかしたら、また何か思い付くかもしれませんので、「保留」じゃダメですか?」

僕「いやー、そうくるか。判断を保留するという態度も大事なんだけど、”ある”と証明されていないものは、とりあえず”ない”として議論を進めておくのが学問的態度かな……でも、まあ、無意識のことはとりあえず保留としておこう」

ハル「はい。わたし、無意識ってとても当たり前のことだと思っていて、心理学ってある意味、無意識を探求する学問だと思ってました」

僕「それはそんなに間違ってないんだけど、無意識って言葉は色んな意味を含んでいて、それがどういう意味で使われているかによるんだ。これは他のことでもそうで、今僕らは”催眠”について話しているけど、お互いに考えている催眠が同じであるか確認はしてないよね。もちろん、その前段階の話をしているからではあるんだけど。こういった対話は、言葉の使い方を合わせないとすれ違ってしまうんだ」

ハル「わたし今までこういった対話をしてこなかったので、これからは言葉の意味に気を付けながら話します!」

僕「大事なことだけど、場面に応じて使い分けようね。今日はここまでにして、今度会った時は、催眠状態のことについて話そうかな」

ハル「なんとなくなんですけど、ちょっと無意識と似た話になりませんか」

僕「鋭いね。どうしても、どう定義されるのか、どう存在を証明するのかみたいな話はせざるを得ないよね」

ハル「今からちょっと不安ですけど頑張ります!」

僕「そうだね。けど、楽しみながら話そうね」

ハル「わかりました! ありがとうございました。また今度です」

 ハルちゃんは小さく手を振りながら近くの階段を降りていった。