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偶然は必然だった。 NOMAD POP と HYPE の出逢い、これから

NOMAD POP は、2020年9月30日リリース『ラ・ラ・ライツ・カメラ・アクション』より、これまで以上の大きな目標に向かうべく、楽曲やアーティスト写真などコンセプトを一新した。

この再定義には、今作よりNOMAD POPが共に進んでいくこととなったインディーズレーベル・HYPEが大きく関わっている。

Vo&Gtの鮫島と、HYPE 代表・TOKIO ENTERTAINMENTによる今の記録である。

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ーーー新たなコンセプトのもと、新作「ラ・ラ・ライツ・カメラ・アクション」をリリースされましたが、改めて自身の想いは。

鮫島
制作にあたって影響を受けたのは言わずもがなコロナ禍であったことで、そこで人の往来も制限され、心の分断を大きく感じました。そうなった時、アホみたいにきらびやかなサウンドが必要だ、と思った自分がいました。

今までは比較的、自分たちが好きなジャンルに忠実にやってきて、「これはポップな音楽だよね」という意識や線引きなどはしてこなかったのですが、音楽は人の聞く時間を奪うんだということを考えたら、この混沌とした時代の中では、聞く人にエネルギーを与えるものを作りたいなと思いました。

だから、今までに比べると、圧も大きくなったし、キラキラした部分も要素として入れました。歌詞の面では、誰かを肯定したり、隔たりを超えていくということを以前から変わらず伝えていますが、人と人や、思いをつないでいきたいということをより強く思うようになりました。


ーーー世の中の混沌とした感じを否定するんじゃなくて、あえて肯定していくみたいな。

鮫島
そうですね。コロナ鬱とかもあったりするけど、こんな鬱々とした時代だからこそ、存在を肯定することが大切だと思いました。

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ーーー自身やメンバーも、音楽活動をしていく中で、コロナの影響でメンタル的にどんよりした感じになったりはしなかったですか?

鮫島
予定通りにはいかなくなった部分はありました。
メンバー間でどうしようか」となったタイミングで、HYPEのTOKIOさんが助け舟をだしてくれ、「僕らが当面の生活の面倒をみるから、全力で目の前の制作に取り組んでみない?」という話をくれたんです。


ーーーそうだったんですね!今回の制作には必然的にコロナでの期間や、そこでのHYPEとの出会いが強く結びついてるんですか?

鮫島
そうですね。
関わり始めたのが年始からだったので、一緒にやっていくことになるタイミングはドンピシャだったというか、今思うと必然だったのかなと思います


ーーー出逢いはどんなかんじだったんでしょう?

TOKIO
HYPEは、音楽領域で事業をしていこうと昨年頃から動き出したプロジェクト・会社です。
そのうちの一つがアーティストともに音楽を作っていくインディーズレーベル事業。そこで、一組目に一緒にやろう、となったのがNOMAD POPでした。

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インディーズレーベル「HYPE」:新進気鋭のアーティストを集めたライブイベント「FIRST FINDER」の企画・運営やオンライン配信サービス「UNDER-OVER」の開発も行う。2021年頭には音楽関連のオフライン施設も設立を予定している。


TOKIO
NOMAD POPとの出逢いは、昨年の12月ぐらいのことでした。自分の友達からふいに「45のセカイ」という曲のMVがLINEで送られてきたことでした。
「こういうの良くない?無所属でやってるのも面白いよね」と言われ、聞いてみたら「音も面白いし、やりたいことが伝わってくる。直感的に良いな」と思いました。

ライブも見てみたいなと思い、Twitterを見てみたら、ライブが直近であると。それで行ってみようと思い、NOMAD POPが自主企画していた2マンライブに行きました。


ーーー普通に知って、お客としてライブに行ったんですね!

TOKIO
そうです。普通にチケットを買って行きました。
その際に、TwitterのDMでNOMAD POPのアカウントに「HYPEという会社をやっているTOKIOっていいます!チケット買ったんで見に行きます。めちゃめちゃ好きなので、よかったら終わったあとお話しましょう〜!」という感じで、テンション高めのゴリゴリの営業メール送ったんですよね笑

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(当時のTwitter DM)


ーーーおお〜笑 それ鮫島さんは見たんですか?

鮫島
見ました。ちゃんと読みました。
なんですけど、名前が「TOKIO ENTERTAINMENT」でインパクトが強いし、文章の内容も、熱量あるけどなんかチャラいし〜ってことで「これなんか危ない勧誘だったりしないかな」と迷ったというのが最初の正直な印象でした。笑

ただ、知り合いのフォロワーに、お世話になっている(TOKIO ENTERTAINMENTにNOMAD POPを紹介した)先輩がいたので、信頼できそうだということで「一回話をするべきだな」と思い、会うに至りました。

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TOKIO
はい。それでライブを見に行って、会うことになりました。
ライブ中も、演奏もうまいし、ファンも楽しんでいる。特に本人たちが楽しそうにライブをやっていてとても良かった。ライブのあとも話してみたら、話しやすいいい人で、すぐ打ち解けることが出来ました。


ーーーそうなんですね。それ以降どういった形で進んでいったんですか?

TOKIO
そこからは割と早かったですね。
また後日改めて会って話して、「NOMAD POPとしてこういう活動をしていきたい」とか「このようなことを目標として持っている」ということを聞きつつ、「僕らHYPEとしてはこのようなことをやっていきたい」という話をして、お互いのビジョンみたいなことを共有して、「じゃあ目指すことが近いから、一緒にやっていきたいね」という話になり、「具体的に一緒に何をしようか」と話していきました。


ーーーなるほど。その矢先にコロナがきた、と。

鮫島
コロナがきて、外出自粛ということで「ライブハウスも行ってはいけない」となり、そこでHYPEから「配信ライブをやってみよう」と声がかかり、「HYPE vol.1」という形で配信ライブを行いました。

お客さんを一切入れずに収録ライブをやり、バンドとしての課題が見えてきたところで、TOKIOさんやバンドメンバーと話して、「じゃあ良い機会だから、この潜伏期間でガラッと変わりましょう」ということになりました。
今思うと、すべてのタイミングがガッチリとハマっていたなと感じます。

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ーーーその頃に「コンセプトなどガラッと変えよう」という話にはなっていたんですか?

鮫島
今後の方向性など考えなきゃ、と頭の片隅にはありつつ、手がつけられていなかったというのが当時の状況でした。「自分たちはこういうバンドです」というのを、どう表現したら良いのかがずっと行き詰まってしまうところだったし、それを見つけたいともがいていました。
そういう悩みがあった中で、それを一緒に考えて走ってくれる人がいるというのは客観的な視点も入るので、ありがたいなと思いました。

TOKIO
NOMAD POPのメンバーとも話していますが、「コンセプトを変える」というよりは、「本当に表現したかったことを一緒に言語化していく」ことをとても重視しました。

「今はまだ言葉にできないけど、表現したいもの・こと」をヴァーヴァル・ビジュアル・サウンドの面で丁寧に会話を繰り返し、一緒に明確化して行きました。その結果出来上がったコンセプトに則って制作をして生まれたのが『ラ・ラ・ライツ・カメラ・アクション』や今回刷新したアー写などです。

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ーーー今後こういうバンドになっていきたいとか目指していきたいことなどはありますか?

鮫島
将来的には規模感で言えば、武道館だったりドームだったりで出来るポテンシャルのあるバンドだと自負しているのでまずはそういうことを目指していきたいです。

HYPEと一緒にという意味では、「FIRST FINDER」もそうだし、TOKIOさん自身がエンタメに関して造詣が深いので、「エンターテイメントとしてどうしていきたいか」や「音楽を通じて、どういうエンタメを作っていくか」ということを一緒に考えていきたいです。
彼と最初に話したときに「今後の音楽業界を、アーティスト主導で動かしていけるようにしたい」と言っていたのが記憶に残っていて、そういった熱意のあるビジョンを一緒に実現できると良いなと思っています。

僕はもともと、大学卒業後に音楽出版社に就職していたのですが、その中でアーティストに対する還元率など、もやもやする部分がありました。そういう経験もあったため、よりTOKIOさんの熱意に動かされたし、一人のアーティストとして「TOKIO ENTERTAINMENTがどうなっていくのか」ということを見届けたいと思っています。業界を変えていく一人のメンバーとして、一緒にやっていけると良いなと思う。

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ーーーTOKIOさんとしては、HYPE最初のアーティストとして「NOMAD POPさんと一緒にやろう」と決断した決め手というのはなんだったんですか?

TOKIO
一緒にやることになった決め手は大きく2つです。
1つめは高いところを目指していたということ。今後大きくなっていきたい、と高いところを目指していたし、どうやったらそうなれるかということをロジカルに考えたい、という姿勢がありました。

2つめは素直だったところ。柔軟性があると感じた。こだわりとか、芯を通すことはとても大事だが「高い目標のためならここは譲れる」という柔軟性のある部分が、僕らが役に立って貢献できる部分と合致していたので、単純なビジネスではなく、お互いにギブ&ギブで高めあっていける部分が大きかったというところですね。


ーーーなるほど。そうして一緒にやることになり、コンセプトも一新して今回はまず一曲リリースをしたわけですが、今後やっていきたいことはありますか?

TOKIO
僕らはインディーズレーベルとして、まずは一組目ということでNOMAD POPとのリリースをしましたが、コロナなどによってアーティストや音楽業界を取り巻く環境が変わったことは僕らにとってもチャンスだと思っているので、あらゆる挑戦をしていきたい。

僕らはIT業界など、別のジャンルでの経験をバックグラウンドに持っているメンバー達が集まって作った会社なので、音楽業界では普通じゃなかったことなどもリスク取って果敢に取り入れて挑戦をしていくことで、ファンの方がもっと楽しめる仕組みや、アーティストが豊かになる仕組みなど、音楽業界に役に立つことや、アーティストや他の会社さんとも一緒に成長していけるよう仕組みを考えてチャレンジしていきたいです。

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ーーーHYPEとしてはオンライン配信サービスやイベント、今後はオフラインの場所も予定しているということで、アーティストの作品を届ける環境を作ったり、届ける作品を一緒に作ったりと、いままでの「アーティストとレーベル」という形とはまたちがうあたらしい形態に見えます。そんな中で両者が、音楽の届け方やあり方などを考えて一緒に作っていかれるのだろうと期待しています。

TOKIO
個人的にはもっと「MVだけ」「曲だけ」とかのような関わり方ではなく、もっと全体的なあり方とか方向性とか、細かい戦略の部分など、単純なレーベルとアーティストの関係以上の関わり方を目指していきたいです。いろんな構想はあるけど、なんでもやりたい。笑

鮫島
たしかにそうですね。音楽を、色んな方向で面白く見せて届けたいという思いがある。それは単純に他のレーベルと契約するとかよりも、HYPEと考えていくことで見つけていける気がします。

僕らNOMAD POPが持っているもの・持っていないものと、HYPEやTOKIOさんが持っているもの・持っていないものが補い合える良い関係にあると感じているし、それをもっと大きい輪にしていけると確信しています。

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ーーーレーベルがアーティストをのばしていくという従来のあり方だけではなく、アーティストがレーベルを成長させるといったことも新しく、そのフラットな関係性が良いですね。HYPEさんとNOMAD POPさんをはじめ、新しいレーベルとアーティストの関わり方が今後見られていくことを楽しみにしています。


今作『ラ・ラ・ライツ・カメラ・アクション』より世界観をさらに拡張させた「NOMAD POP」。同世代のインディーズレーベル「HYPE」と共に生み出す、今後のエンターテイメントにご期待ください。

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Photo:Haruma Kida
Interview:Kiruta
Writing:Kaoru Goto


NOMAD POP
【OFFICIAL WEB】https://nomad-pop.com
【Twitter】https://twitter.com/NOMADPOP
【Instagram】https://www.instagram.com/nomadpop/


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