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開かない自動ドアの向こうから、君の泣き声を聞く

子どもが産まれた。

妊娠がわかったのは4月下旬。ちょうど結婚式を直前で中止したあとのことだ。式を挙げることはできなかったけど、思いがけない吉報に喜んだ。でもこういうものはなにが起こるかわからないし、なんとなくこういうご時世だし、ほとんど誰にも報告することはなかった。

とくに夏頃までは外出することに人一倍神経質になって、近くのスーパーへ出かけるのもためらった。ついこの間まで新婚旅行で南極に行くほどの旅好きだった僕たち夫婦は、近所から出ることもなくなり、部屋の中ですくすく大きくなるお腹を撫でて過ごした。ただ在宅勤務になったことは、つわりのきつい時期には不幸中の幸いだった。

混迷を極める世間のことはまるでスマホ越しの遠い世界のようで、部屋での日々は至って平穏に過ぎていった。お腹にいる君は昼にはしんと静まりかえっているのに、日が沈んだ途端に、うにょうにょ、うにょうにょと激しく動く。産まれる前からして完全な夜型である。そんなところは僕に似なくてもいいんだよ。安定期になってからは、夫婦で行く(当面は)最後の旅行として、近所のホテルに泊まったりもした。

10月。予定日まであと一ヶ月ちょっとに迫ったころ。エコーにうつる君の姿は、ガチガチの逆子だった。いくら逆子体操を繰り返しても、「われ、動かじ」という固い意思を腹の中から感じたので、帝王切開することになった。奥さんの地元で、里帰り出産だ。僕も一緒に帰省して、説明を受けることにした。

手術の同意書には、一般的なリスクや注意事項と併せて、「面会禁止」の文字がひときわ大きく記されていた。帝王切開だからもともと出産には立ち会えないけど、本来ならそのあと面会ができる。しかし大学病院では厳重な感染対策が実行されていて、退院するまでは母子ともに一切の面会が禁じられているという。残念だけど、こんなご時世だから仕方がない。仕方がないっていう言葉で、今年はたくさんのことを諦めてきたなあ。せめてガラス越しにでもその顔を見られることを祈って、同意書にサインする。

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入院日の前日から奥さんの実家にお邪魔して、これからの日々を前祝いした。いよいよ、産まれてくる。相変わらず夜になると活発に動き始めるお腹は、はちきれんばかりに膨らんでいた。もう少しで、外に出られるから。白黒のエコーでしか見たことのない君は、一体どんな顔をしているんだろう。どんな目をして、どんな鼻をして、どんな表情で泣くんだろう。

そんなことばかり考えていたら、夜になってもなかなか寝つけない。だから落ち着かない気持ちを、書くことで埋めていく。初書籍の出版を間近に控えていて、幸いやらなければいけない作業がたくさんあった。原稿に夢中になることで、少しは気を紛らわすことができた。だんだんと筆が乗ってきて、珈琲をおかわりして深夜まで作業を進めた。

どうでもいいけど、僕はドリップ珈琲をいれるのが、むかしから下手くそだ。お湯がフィルターをゆっくり通過していくのを我慢できず、つい勢いよく注いでしまう。案の定フィルターからは黒い粉末がこぼれ出して、水面上にぷかぷかと浮き上がった。粉入りのブラックコーヒーはざらざらとした舌触りが特徴的で、とびきり苦い。おかげで意識もはっきりして、作業に集中することができた。

ようやく深夜に眠りについたところ、奥さんの話し声でじきに目覚めた。その声には緊張感が張りつめている。苦い珈琲の力もあって、僕の意識はすぐに鮮明になった。息を潜めて聞き耳を立てていると、病院に電話をしているようだ。どうやら破水したらしい。予定通り手術で産まれるものだとばかり思っていたら、前日にまさかの事態である。そのまま深夜の救急窓口へ向かうこととなった。
パジャマに上着を羽織って、家を飛び出す。とにかく急がなければ。慌てる気持ちを抱える一方で、僕は車の免許を持っていない。地方では、免許のない人間は無力である。代わりにお義母さんに運転してもらうことになった。奥さんもお義母さんも僕よりよっぽど冷静で、この時間帯は道が空いてるね、なんて会話をしている。無力な僕はただ一人、後部座席で生唾をごくりと飲み込む。苦い。口の中のざらざらした感覚が、まだ残っているみたいだ。
それにしても、君。あと一日経ったらすんなり外に出てこられたのに。もう、我慢の限界だったんだろうか。君も珈琲を、うまくいれられないタイプだろうか。

暗く静まりかえった病院の敷地に到着すると、唯一赤いランプが点滅している場所があった。あれが救急窓口だ。ただし親族一名しか付き添うことはできない。運転もしていないくせにその大役を譲ってもらって、奥さんと一緒に受付へ向かった。

受付では感染対策として、長い質問リストに口頭で答えなければならなかった。一刻も早く先生のもとに送り届けたいが、やっぱりこればかりは仕方がない。

「最近海外へ渡航しましたか?」 いいえ。
「陽性反応が出た知り合いは?」 いいえ。
「熱が出るなどの症状は?」 いいえ。
「同居する家族で、◎△$♪#?」 いいえ。
「♪×¥$●&%#◎△?」 いいえ。

いいえ。
いいえ。
いいえ!

ぜんぶを否定する。いいえを唱え続けたのちに、ようやく病棟へ立ち入る資格を得た。

先生の診断を受けた奥さんは、10分後には手術着に着替え、車椅子に乗せられて廊下へ出てきた。やっぱり破水していたので、これからすぐに緊急帝王切開をすることになった。手術室へと見送ったら、一週間後に退院するまでもう会うことはできない。かけるべき言葉を考えていたはずだけど思い出せずに、「いってらっさい」と変な噛みかたをしながら送り出した。

面会禁止といえど、せめてガラス越しには君の姿を見れるのではないか。そんな期待は脆くも崩れ去った。ガラス張りの面会コーナー自体への立ち入りが、そもそも禁止されていたのだ。廊下と面会コーナーを隔てる自動ドアは自動では開かず、職員のカードキーでしか入れない仕組みになっている。試しにその前に立ってみても、いくら身体を動かしてみても、自動ドアはピクリとも反応することはない。

開かない自動ドアは、まるで僕たちの間に立ち塞がる壁のようだった。結婚式を中止して、妊娠中は部屋に引きこもって、そういう仕方がない日々を象徴するかのように、重たいドアは無言で僕の前に居座り続けた。

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面会コーナーに入れない僕の待機場所は、廊下に備えつけられた青いベンチだ。ざわつく気持ちとは裏腹に、静かで穏やかな夜である。ベンチの横にある自動販売機だけが、ブーン、ブーンと音をたてて微振動していた。そういえば最後に救急窓口に訪れたのは、3月に風呂場で僕が倒れたときだ。あのときは誰もいない待合室で2人で過ごしたけど、いまはたった1人っきり。だけどもうすぐ、3人になる。ごつごつと硬いベンチに座って、じっとそのときを待つ。

なにかしていないと落ち着かなくて、昨晩まで書いていた原稿を読み返してみる。だけどまるで頭に入ってこない。自分の書いたはずの文字は日本語ではなく見知らぬ記号の羅列みたいで、するすると目を滑り落ちていった。
頭になにも入れられないから、代わりに胃になにかを入れようか。寒いから、温かいお茶がいい。低音でうなる自販機には「綾鷹」「伊右衛門」など5種類のお茶が揃っていて、左端から順番に飲んでいく。ごくごく。ブーン。ごくごく。ブーン、ブーン。気がついたら、全種類を飲みつくしていた。腹が苦しくて、それでも飲み続けるほかない。あと全然寒い。なんのチャレンジだこれ。お茶シーズン2に差し掛かり、何本目かわからないペットボトルを無理やり流し込んでいるうちに、窓から朝日の光が差し込んできた。

病院に到着してから、4時間が経った頃。ついに重たい「自動ドア」が開いた。中から出てきたのは、担当の先生。先生は汗を拭いながら、開口一番おめでとうございますと言った。プロたちの見事な仕事によって、手術は無事成功したのだ。
先生は微笑みながらポケットから何かを取り出して、僕に渡した。チェキだった。チェキには産まれた直後の君の全身と、「おめでとう♡」という書き込みがあった。まさか病院でこんなに可愛らしいチェキをもらうとは思わなかったけど、面会が禁止された状況で、せめてもの計らいだった。

先生が去って、全身の力が抜けて、硬いベンチに座り込む。チェキに写った君は、本当に産まれたてか?というほどカッと目を見開いていて、おまけにばっちりカメラ目線だった。手足を指先までピンと伸ばして、全身で酸素を吸い込んでいるみたいだ。やっぱり、早く外に出たかったんだな。

ああ、それにしてもなんだか、感慨深さと、不思議な気持ちとで半々だ。自分の目で見るまでは、まだ実感がわかないからかもしれない。唯一の手がかりであるチェキを、遠くにしたり近くにしたり、だけどどんな角度に傾けても、チェキには白い蛍光灯が反射するばかりだ。そうしてそろそろ帰ろうとした、そのとき。自動ドアの向こうから、微かになにかが聞こえてきた。

目を閉じてじっと耳を凝らすと、その音はだんだんと一定のリズムを帯びてくる。

泣き声だ。

それは紛れもなく泣き声だった。手術室から病室へと移動される、君の泣き声だった。
音量は微かだったけど、鋭く、激しく、力強く、たしかに君は泣いていた。

そしてその瞬間、身体の芯から、熱いものがこみ上げてきた。5種類のお茶でも暖まらなかった僕の全身は、脈をうつようにドクドクと火照った。

開かない自動ドアの向こうから、君の泣き声を聞く。

その姿をまだ見ることはできない。でも君の力強い泣き声は、僕たちを隔てる重たい自動ドアなんて、いとも簡単に飛び越えてしまう。

両手では数えきれない困難が待ち受けるこの世界に、君は一日早く、手足を伸ばしながらやってきた。きっと君はこれからも泣き声ひとつで、いろんな「仕方がないこと」を吹き飛ばしてくれる。部屋にこもった僕たちへ、まるで朝日が差し込む窓のように、新しい視界を見せてくれる。

だから、泣くんだ。もっと、泣くんだ。
10ヶ月かけて起動し始めた、2つの肺を全力で膨らませて。初めて吸い込む冷えた空気を、小さな口から全力で吐き出して。

僕は今日から君の父親になる。珈琲はうまくいれられないし、車を運転することもできない。だけど君と過ごす時間だけは、たっぷりとあるから。

ようこそ、世界へ。
この場所がどんなに美しくておもしろいのか、これからゆっくりと語り合おう。

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お知らせ:こちらのnoteが元になった書籍が、小学館から発売されました。『1歳の君とバナナへ』というタイトルで、結婚式の中止や妊娠中の話から、一年間の育休をとって過ごした日々までを収録しています。このnoteと同じように、全文が子ども(君)に向けた手紙になっています。よければぜひ読んでみてください。


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