空を飛びたいので、グーグルアースで自在に飛行できる翼を作った
空を飛びたい。小学生のころ、やたらと高いフェンスから飛び降りたことがある。その時僕は、本気でちょっとくらいは浮くと信じていた。馬鹿だったから。でもそういう心を忘れたくない。
あれから20年経って、僕も少しは大人になった。今ならなぜ飛べなかったのかがわかる。それは丸腰だったからだ。翼がなければ飛ぶことはできない。当たり前である。
そう、翼だ。お金よりも名誉より、翼が欲しい。翼をください。できればお金もください。
そんなわけで、翼を作ることにした。
翼を作るにはまずホームセンターに行けばよい。ホームセンターにはこの世の全てがあるからだ。休日に会社の同僚を連れて、ユニディという店に向かう。
休日に集められた会社の同僚たち
翼には骨格が必要だ。それは丈夫であればあるほど良い。試しに鉄パイプを握ってみたが、確かに丈夫さでは群を抜いている。だがこの重量で羽ばたくと肩がもげる。丈夫さと重さのバランスが肝要なのだ。様々な素材を握り、ブンブンと振ってみた結果、ポリ塩化ビニル製のパイプを採用することにした。ポリ塩化ビニル製のパイプを買う日が来るとは思っていなかった。
ガガガ、ガガガガ。
あらかじめ製作しておいた設計図の通りに、塩ビパイプをカットしていく。強度を補強するためにパイプの中に強化ゴム紐を詰める。日曜大工みたいで楽しいが、これは空を飛ぶという勇敢なる試みである。命を預ける翼の造形に、妥協は許されない。ガガガガ。
松葉杖みたいなのができた。
翼の色は青だ。幸せの青い鳥だ。幸せになりたいのだ。スウェード調の、青いカッティングシートを慎重に巻いていく。
完成した。
翼だ。
スウェード素材がぴったりと腕にフィットし、まるで身体の一部みたいである。
僕はその翼をゆっくりと羽ばたかせ..
あ、無理。
肩の関節が外れかけた。めちゃくちゃ筋肉がだるい。軽量化を狙って塩ビパイプを採用したのだが、僕の筋量はそれを遥かに下回った。日頃リングフィットアドベンチャーでたゆまぬ鍛錬を続けているものの、リングフィットアドベンチャーにこんな動きはない。今まで使ったことのないような部位がピクピクと痙攣していて、鳥ってすごいなと感心させられる。
こうして翼があっても全然飛べなかったわけであるが、我々の挑戦はここで終わらない。人類には武器がある。厳しい自然に立ち向かい、幾多の危機を乗り越えてきた知恵。それがサイエンスであり、テクノロジーだ。
というわけで会社のCTO(テクノロジーになんかすごい詳しい人)を連れてきた。会社にはいろんな人がいるから便利だ。
横路 隆
freee株式会社 CTO(最高技術責任者)。
学生時代はバンドを13個掛け持ちしていた。
https://twitter.com/yokoji
筆者:翼を作ったんですが、飛べますか?
CTO:飛べません。
筆者:塩ビパイプですよ?
CTO:飛べません。
飛べないらしい。寒いしもう帰って羽を休めよう。翼だけに。するとCTOが我々を呼び止めた。
CTO:あ、でも仮想空間なら飛べるかも。
筆者:仮想空間?
CTO:例えば、グーグルアースとか。
筆者:グーグルアース。
CTO:その翼にセンサーをつけて、動きをトラックして、グーグルアースと連動させればいける。
筆者:なに言ってるんですか?
CTO:9軸モーションセンサーっていうのがあって、X軸、Y軸、Z軸の3軸の加速度、角速度、地磁気が測定できる。つまり9次元のストリーミングが取れるんだけど、
CTO:そのストリーミングでやってきたデータを、時間デルタでどう変化したか観測して、
CTO:グーグルアースの操作に変換できるようプログラムを組めばいい。
CTO:基盤はArduinoボードを使えばいけるかな。AVRマイコン、入出力ポートを備えた基板なんだけど...
話が難しすぎて視界を失ったが、要は翼にセンサーをつけて、その動きでグーグルアースを操作するということらしい。
部品を秋葉原で買い集め(CTOが)、
基盤を組み立て(CTOが)、
こういう感じのプログラムをかくと(CTOが)、
できた。全部CTOが作った。その間僕はLINE漫画を読んでた。センサーを翼に装着し、PCにつなぐ。
いよいよこれで自由に飛び回れるらしい。飛翔のときである。プロジェクターで投影されているのがグーグルアースの画面だ。
ゆっくりと翼を羽ばたかせると...
進んだ!!!!
気持ちいい〜〜〜!!!
この翼の特長は、羽ばたかせると前に進むだけではなく、横へ向けば方向が変わり、傾けると視点が変わる。まるで自在に飛んでるような感覚を得られることである。
さらにこれを...
VRデバイスに接続する。接続しちゃうよ。いいのかこんなことして。年末だしいっか。
そこから見える景色は...
!!!
うああああああああああああああああ
なんだこのトリップ感。景色はあっという間に後ろに吹っ飛び、ビルの間を疾風のようにすり抜けていく。翼の角度と向きを微調整することで意のままに空間を操れる。僕の身体はエネルギーに満ち溢れ、全能感に支配される。鳥って普段こんな美味しい思いしてんの?ずるくね?
相変わらず肩の筋肉が痙攣し続けているが、それを差し引けば文字通り天にものぼる心地といったところである。
自由だ。これが自由というものだ。ドイツの哲学者ヘーゲルは「人間欲望の本質は自由である」といった。僕は今その欲望をギンギンに満たしている。欲求不満な現代人は、スマホを放り投げて翼を作るべきである。
翼を羽ばたかせ、高度をあげていく。景色が変わる。渡り鳥の標高を越え、飛行機の標高を越え、宇宙衛星の軌道と一体になる。そこから見えるのは広漠たる大陸と、どこまでも広がる青い地平線だ。
この翼で、僕はどこまでも飛んでいく。
2020年は飛翔の年になりますように。
翌日肩が上がらなくなって会社を休みました。
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