っっy

運転免許を失効した。あの冬僕はヤンキーと出会った。

車の運転免許を失効した。更新をすっかり忘れていた。半年以内なら講習を受ければ済むのだが、すでに1年を越えていたので完全に失効した。

思えば学生の頃に免許合宿に行って以来、運転をしたのは2回だけだ。免許合宿は20万円程かかったから、1回につき10万円だ。なんで免許取ったんだろう。とにかく運転をするのが怖かった。僕はバンジージャンプが好きでこれまでに何回も飛んでいるのだが、車を運転する方がよっぽど怖い。バンジーのゴムより自分の腕が信用できない。みんなよく平気だなと感心する。
そもそも、教習所の授業でやたらと死亡事故の事例ばかりを見せるのがいけない。高速道路での悲惨な玉突き事故について学んだ僕は、合宿の初日にして車の運転などするものかと決意を固めたのだった。

そう、あれは12月の、北陸のとある県での合宿だった。

12月は免許合宿としてはオフシーズンで、合宿所も閑散としていた。ロビーに集まった同じ日程の受講生はメガネをかけた青年が1人と、女性2人組。そしてもう一人、明らかに目立つヤンキーがいた。
メッシュの入った長い金髪に、銀色の派手なピアス。アディダスの真っ赤なジャージを着て、ヴィトンの大きなバックを肩にかけていた。その場違いな格好に呆気にとられていると、ヤンキーは僕の顔をじっと睨み返してきた。細い眉毛がその瞳を相対的に大きく見せ、変な迫力がある。ヤンキーが口を開こうとしたので、たまらず僕はトイレに逃げた。
頃合いを見計らって自分の部屋に戻ると、部屋にアディダスのジャージ姿がいた。ヤンキーはニカッと笑った。相部屋だった。

ヤンキー「大学生っすか?」
僕「はい」
ヤンキー「マジっすか。働かないんすか?」
僕「4月から働きます」
ヤンキー「マジっすか。何系っすか?」 
僕「金融系です」
ヤンキー「マジっすか。アコムっすか?」

これがヤンキーとの最初の会話だった。ヤンキーは社交性が僕の100倍はあって、その後も「マジっすか」を繰り返しながら喋り続けた。
ヤンキーは僕よりも年下で、漫画の主人公のようなキラキラネーム。趣味はパチスロとテレビゲームで、家に数百本ものゲームソフトを持っているらしい。その軍資金をアコムから調達しているとのことだった。
特に格闘ゲームに熱中していて、大会にも出場したという。すごいですねと適当に相槌を打っていると、突然ヤンキーは僕のスマホを奪い取って、勝手にストリートファイターのアプリをダウンロードした。会った頃から、ヤンキーにはそういう強引なところがあった。他にも僕のお菓子をこっそり食べたり、僕のカーディガンを勝手に着ていたこともあった。ただその度にいたずらっぽい笑顔を見せるので、なんとなく怒る気にならないのだった。
毎晩のようにストリートファイターの勝負をさせられたけど、ヤンキーは本当に強かった。片手でいけるっすよ、と言われてやってみたら右手だけでボコボコにされた。ヤンキーは腹を抱えてマジっすかと笑っていた。

ゲームが得意なヤンキーだったが、漢字が大の苦手だった。だから試験勉強には苦労していた。
頼んでもないのによく僕に試験問題を出してくるのだが、分からない漢字は全部「なになに」と言うのだった。
「なになにの交差点がなになにの時、左端になになにして曲がる、◯か×か!?」
そんな難問に毎日苦しめられた。お陰で本番の試験は随分簡単に思えた。

12月の北陸は寒い。合宿2週目には大雪が降り始め、ヤンキーのテンションはうなぎ上りだった。ヤンキーは南の地方の出身なので、こんな雪景色を見るのは初めてらしい。
しかし雪のせいで、路上教習は困難を極めた。ただでさえ運転したくないのに、雪道でハンドルを握るのは罰ゲームに等しかった。おまけに教習所はかなりの田舎だったので、道を覚えるための目印が無かった。卒業検定の地図にはゴール地点として「畑」とだけ書かれていたが、周りには畑しか無いのであった。
ゴールの畑までのルートには間違いやすい箇所がいくつかあって、ヤンキーと一緒に何度も覚えた。ゲームで鍛えたのかヤンキーの動体視力は異常に良くて、「ダイドーの自販機が見えたら右っすよ」などと教えてくれるのだが、吹雪の中でその自販機がダイドーかキリンかを見分けることは出来なかった。

そんなわけで、日が経つにつれ僕はヤンキーと打ち解けていった。嫌な教官の悪口を言い合って盛り上がったり、地元のラーメン屋を二人で巡ったりした。ヤンキーは車にも詳しかった。トヨタのセルシオという車を買って、バキバキに改造するんっすと夢を語っていた。(車に全く興味を示さない僕に対して、何しに来たんすかと不思議そうだった。)

卒業検定の当日は、これまでで一番の大雪だった。荷物をまとめ合宿所をチェックアウトした僕とヤンキーは、横殴りの雪に煽られながら教習所行きのバスに乗りこんだ。バスの中で僕は必死に道順をシミュレートした。ヤンキーは大雪に興奮した様子で、窓から見える景色にかじりついていた。

突然、信号のないところでバスが止まった。雪のせいかと思ったら、誰かが外から窓を叩き、「開けろ!」と叫ぶ声が聞こえた。バスのドアが開き、大柄の男が数人乗り込んできた。雪のかかった黒いジャンパーには「○○県警」と白抜きの文字で書かれていて、そこで初めて警察だということが分かった。
警察は一直線にこちらに向かってくると、僕の前の席の男に掴みかかり、そのまま床に勢いよく組み伏せた。男に馬乗りになった警察は「10時15分、容疑者確保!」と無線に向かって叫んだ。

その男は、ヤンキーだった。
そのままヤンキーは荷物ごと外に連れ出された。

ヤンキーは逮捕された。

その後の記憶はほとんど無い。突然の逮捕劇があまりに衝撃的で、あれだけ心配していた卒業検定も気づけば終わっていた。(それが逆に功を奏したのか、試験には無事合格した。でもダイドーの自販機は判別できなかったように思う。)

あとから聞いた話によると、ヤンキーは数日前に現地のヤンキーと何らかの揉め事を起こしていて、相手が警察に駆け込んだそうだ。警察はヤンキーが荷物ごとホテルから出てくるタイミングを狙っていて、覆面パトカーでバスの後をつけてきたのだった。

それ以降、ヤンキーと連絡を取ることは無かった。警察に連れられ、粉雪の舞い上がる白い彼方へと消えていく姿を見たのが最後だった。

・・・

失効した免許証を見て、あの冬の出来事がフラッシュバックした。

あの日結局卒業検定を受けられなかったヤンキーは、その後免許をとったのだろうか。あれほど車を欲しがっていたヤンキーは試験を受けられず、受かった僕が車に乗ることは無かった。

僕はヤンキーの印象的な名前をまだ覚えていた。ふと思い立って検索してみると、数年前の記事がヒットした。
その名前の人物は、とあるゲーム大会の入賞者として記載されていた。

ヤンキーと道順を覚え、ゲームをし、ラーメンを食べた毎日。その思い出を20万円で買ったと思い込むことにして、僕は免許証をゴミ箱に投げ捨てた。

スキを押すと、南極で撮ったペンギンたちの写真がランダムで表示されます。