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8人の面接官と432円のステーキ

岡田 悠

この文章は、Wantedly10周年プロジェクトの依頼を受けて、とある方の人生の「転機」にまつわる実話を基に、執筆した物語です。

腹が立つと肉を焼く。落ち着くから。肉はステーキがいい。焼きがいがあるから。閉店間際のOKストアで、10%オフのシールが貼られた豪州産のステーキを吟味して、1Kのキッチンで焼く。そうやってなんとか、転職活動を続けてきた。

腹が立つのは、自分に対してだ。これまでエンジニアとして、技術力を磨いてきた。これからも磨きたいと思っている。だがそれが、面接ではうまく伝わらない。自分の説明が悪いのはわかっている。わかっているから腹が立つ。だから今夜も肉を焼く。ジュウジュウと鳴る音に耳を澄ませれば、不思議と心が静まっていく。

僕はふだん、受託開発の会社でエンジニアとして働いている。受託開発とは、クライアントからの発注内容に合わせて、システムをつくる仕事だ。あるときは勤怠システムだったり、あるときはSNSだったり。いろんな種類の開発に携われるから、幅広い経験を積める。飽き性の僕にも向いていると思う。

エンジニアの中でも、僕はモバイルエンジニアといって、スマホで使えるアプリを開発している。学生時代にアプリをつくってみたら面白くて、それ以来これを自分のスキルにしていこうと決めた。手に職があるのはやっぱり強いし、需要も高まっていくだろう。あの時の決断は、今でも間違っていないと思う。

それでも転職活動を始めたのは、もっと腕を磨きたかったからだ。受託開発では幅広い案件をこなせる反面、ひとつひとつのアプリへの関わりは、どうしても部分的になってしまう。
ステーキ屋で例えるとしたら....牛肉とか鶏肉とか豚肉とか、いろんな肉を扱えるけど、フライパンで焼く部分しか任せてもらえない、みたいな感じだろうか。そんな厨房があるのかは知らないが、ステーキを極めるためには、他の工程も学ぶ必要がある。仕入れに仕込みに、なんせステーキの美味しさの半分は、下ごしらえで決まるのだから。

だから転職活動では、今のような受託開発会社ではなく、自社アプリを展開している会社を受けた。事業として提供しているアプリであれば、設計から開発、リリース後の改善や運用まで、ひとつの製品により深く携われる。モバイルエンジニアとしてのスキルを磨き、自分の市場価値を上げられる。志望動機としても、完璧なストーリーに思えた。

そうやって転職活動を続けて、一年が経った。内定が出ることは、一度もなかった。

今夜のステーキは黒毛和牛。212g、1,524円。端的にいい肉だ。厚みが4cmもある。面接を受ければ受けるほど、ストレスが溜まれば溜まるほど、肉は高価になっていく。このまま転職が続けば、とんでもない肉を焼くことになる。OKストアではもう間に合わない。

今日受けた面接が、記念すべき20社目だった。記念していいのかわからないが、よくもまあそんなに受けたものだ。空回りを続ける転職活動も、この20社目で一区切りをつけようと思っていた。

手応えは、正直悪くなかったと思う。自分をうまくアピールできたし、話もそれなりに盛り上がった。20社も受けていれば、受け答えも上達するものだ。何より、この会社の成長に貢献したいと、心から思えた。事業に大きな可能性を感じていたし、自分が入ることで、もっとよくできる自信もあった。

一年の転職活動で得た学びは、伝え方が間違っていたということだ。自分のスキルや市場価値のことばかり語っても、それは面接官が求めている情報ではない。
面接官が本当に知りたいのは、「いかに技術が優れているか」よりも、「いかに事業に貢献できるか」という点だった。そんな簡単なことに気づくのに、一年もかかってしまった。仕事はチームプレイだから、個人技がいかに優れているかより、まずはチームの勝利に貢献できること。それをアピールすべきだったのだ。

牛脂を転がす。フライパンに透明な油が広がる。常温に戻したステーキ肉をトングで掴み、そっと乗せた。静まり返ったキッチンで、肉の鳴り始める瞬間が好きだ。今日のステーキは分厚いから、いつもより数十秒、長めに焼こう。高い肉だから、特別な工夫は要らない。

湧き上がるフライパンを眺めながら、だがしかし、と僕は考えていた。

本当のところは、ただ逃げているだけかもしれない。技術力を正面からアピールして、否定されるのが怖い。だからチームの勝利だとか言って、論点をすり替えているんじゃないだろうか。「御社の成長に貢献したいんです」とか語った僕の言葉は、果たして本心だったろうか。

エンジニアは、才能の世界だ。1人で10人分の働きをするような、スーパーエンジニアも存在する。まるで最高級の黒毛和牛だ。それに比べると、僕は10%オフのシールを貼られるような、その他大勢の肉に近い。それでも下ごしらえをすれば美味しくなると信じて、これまで技術を磨いてきた。でも面接に落ちるたび、そうやって積み上げてきたことに意味はなかったと、否定されたような気持ちになった。

これ以上、僕は僕に失望したくない。

肉をひっくり返したところで、スマホが鳴った。人事からの着信だった。慌てて手を洗い、深呼吸をして、電話をとった。

結果は、不合格。

フライパンを傾けると、分厚いステーキがずるりと皿にすべり落ちた。ナイフを入れると、サクリと切れた。柔らかい。うまい。当たり前だ。高いんだから。元々いい肉には、手間をかける必要なんて、ない。

二週間後。僕はオフィス街のはずれにある、小さな雑居ビルの会議室にいた。これから21社目の面接が始まろうとしていた。転職活動をやめようとしていたところに、ちょうど以前申し込んでいた会社から、連絡が届いたのだ。子ども向けのアプリを開発している会社だった。正直気が進まなかったけど、無下にするわけにもいかない。

「どうも、お待たせしました」

メガネをかけた小柄な男性が、ペコペコお辞儀しながら会議室へ入ってきた。ペットボトルのお茶を机に置いて、ハンカチで額の汗を拭きながら、またお辞儀をした。よければどうぞ、と男性はお茶を僕に差し出した。そして社長ですと自己紹介をした。

いきなり社長が現れるとは思っていなかったから、僕は慌てて立ち上がって挨拶を返そうとしたが、その前にまた「どうもどうも」と声が聞こえて、別の男性が入ってきた。今度は真っ白なTシャツを着た、中肉中背の男性だった。男性はペットボトルを机に置いて、よければどうぞと言った。さっき同じ光景を見た気がする。すでに僕がお茶を持ってることに気づいたようで、男性は照れながら「2本目もよければ」とペットボトルを差し出した。

面接官が、2人。どうやら集団面接らしい。転職の面接は1対1が当たり前だと思っていたから、面食らった。学生時代の就活を思い出して、背中に嫌な汗が流れた。

「今日は弊社にお越しいただき...」

社長がまた口を開いた瞬間、「失礼します」と声が聞こえて、長身の男性がのっそり入ってきた。まさかの3人目である。なんなんだ。一体、何人現れるんだ。驚いていたところ、しかし社長も「え?」という顔をしていて、なぜあなたまで驚いているのだ。聞こえてくるやりとりから察するに、本当は順番に面接するはずだったところを、同時刻に集まってしまったらしい。

「まあ、いっぱいいた方が楽しいし…」

社長が言って、残りの2人が頷いた。いいのかそれで。なんだか拍子抜けして、緊張が飛んでいった。社長はハンカチで汗を拭き続けていて、どちらかというと、僕より社長の方が緊張しているように見えた。あわあわと話し合う3人は、背の順に並んだ姿が携帯電話の電波みたいで、なんだか微笑ましくすらある。3人目の男性にもやっぱりお茶を渡されて、こうして3人の面接官と3本のお茶を前に、選考が始まった。

これまでの経験から趣味の話まで、面接の話題は多岐に渡った。3人ともうんうんとか、それはすごいとか、いちいち大袈裟にリアクションしてくれた。悪い気はしなかった。いつしか僕は、場の張り詰めたようでどこか緩んだ雰囲気に、妙な居心地の良さを覚え始めていた。

自分が、モバイルエンジニアとして腕を磨いてきたこと。そうやって積み上げた自信を、転職活動で失ったこと。面接でこんなことを話していいのか、と思うようなことまで、いつの間にかペラペラと喋っていた。もはやなんの自己アピールにもなってないけど、誰かが親身になって聞いてくれるのが嬉しくて、これまでの気持ちを吐き出すように語った。

しかしここで、端っこの席で頷いていた社長が、突然思いついたように立ち上がった。そしてそのまま会議室を出ていった。どうしたのだろう。もしかして、面接を途中で切り上げられたのか。余計なことを話しすぎた、と後悔がよぎった。だが社長はすぐに戻ってきて、僕にこう言った。

「彼女も同席していいでしょうか?」

社長の脇には、若い女性がいた。4人目の面接官だった。同年代のエンジニアだから、話が合うはずだと社長は言った。こうして4人が僕を囲った。もう何人増えようと、驚きはしまい。

プログラミングは、どういうきっかけで?と女性は僕に尋ねた。

「学生のときに、アプリをつくったんです。迷子のペットを探すアプリで、テンプレートを組み合わせただけの、簡素なつくりだったんですけど」

僕は遠い記憶を探った。あれはたしか、7年前の年の瀬だったと思う。

「友達の飼ってた犬が、いなくなったんです。悲嘆に暮れながら、電柱にポスターを貼って回る友達を見て、何かしたいと思いました。それでアプリなら広い人に見てもらえるんじゃないかと考えて、クラスメイトと一緒にプログラミングを始めました」

みんなで4畳半のコタツにこもって、初心者向けの参考書を開きながら、ぐちゃぐちゃのコードを書き続けた。陽が沈んでも、除夜の鐘が鳴っても、みんなで一心不乱にキーボードを叩いた。

「アプリは、一週間くらいで完成しました。デザインはボロボロで、挙動も怪しい。それでも思い切って、公開してみたんです。そうしたら、すぐにいくつか目撃情報みたいなのが寄せられた。驚きました。自分の作ったサービスを、誰かが使っている」

僕の話に、女性はわかりますと、深く頷いた。

「まあ結局、犬は自分で戻ってきたんですけど」

僕らの作ったアプリは、犬探しには役立たなかった。目撃情報だって、誰かの悪戯書きだったろうと思う。アプリもすぐに閉鎖してしまった。だけど。

「あの冬のことが、今でも忘れられない」

身体の奥の芯のほうが、ほんのりと火照ってきた。久しく忘れていた感覚だった。

隣で黙って聞いていた社長が、ゆっくりと口を開いた。

「あなたが求めているのは、そういう瞬間じゃないでしょうか」

穏やかな声で、社長は続ける。

「スキルを磨くのも、事業を成長させるのも、大事なことです。でもあなたが本当に探しているのは、そうやって誰かを喜ばせようと、夢中になってプロダクトをつくった瞬間ではないでしょうか」

ああ、そうだ。そうなのだ。

全身の力が抜けて、椅子から崩れ落ちそうになった。社長の一言で、これまでの点と点が、線で繋がった気がした。必死で技術を磨いてきたのも、クライアントの期待に応えようと働いてきたのも、間違ってはいなかった。だが、それが探していたものでもなかったのだ。

スキルをつけたり事業を成長させたり、そういうことはあくまで結果にすぎない。僕がずっと探していた喜びは、いつもその過程にあった。あの冬の夜、コタツを囲んで書いた汚いコードは、記憶の中いつまでも燦然と、美しく輝いている。

頭の中に一年間かかっていた霧が、すっと晴れていく気分だった。

そのあとも、僕が東北出身だと言えば東北出身の社員が、肉が好きだと言えば肉好きの社員が連れてこられて、最終的に面接官は8人に達した。会議室が狭い。誰が頼んだのかピザまで運ばれてきて、もはや面接というよりホームパーティに近い。8人の面接官と、プロダクトをつくる喜びを語り合ったり、OKストアの素晴らしさを語り合ったりした。

この会社でスキルを磨けるのか。この事業に将来性があるのか。よくわからない。それでも、この人たちと働きたい、と僕は思い始めていた。コタツにこもってコードを書いたあの冬の興奮を、彼らとなら、きっと味わえる。

面接の終盤、一つだけ気になっていた疑問を、僕は社長にぶつけてみた。

「皆さん、この時間まで働かれているんですか?」

時刻はもう22時。こんな時間にぞろぞろと社員が集まってくるのは、みんな残業していたということなのか。社長は質問の意図をはかりかねていたようで、ぽかんと口を開けていたが、すぐに慌てて首を振った。

「そうじゃないんです、実は...」

頭を掻きながら、気まずそうに続けた。

「本格的な面接をするのが、初めてで。ずっと知り合いづてで人を増やしてきたもので...」

本格的な面接ではピザは食べません、という反論を胸の中にしまいつつ、そういうことかと僕は納得していた。緊張していたように見えたのは、本当に緊張していたのだ。

「私が面接をするって言ったら、どんな人なのか気になる、ってみんな言って。一目会いたいからって、この時間までスタンバイしてたんです」

気づいたら、僕は笑っていた。なんだかおかしくて、涙が滲んできた。みんな不思議そうに僕を見つめていた。笑いながら、僕はこの会社に入るんだろうな、と思った。

今夜の肉は、432円。40種類を超えるステーキ肉が陳列された棚で、お手頃価格でありながら、もっとも厚さが均等で、脂の偏りが少ない一品を吟味した。包丁で肉の筋繊維を切断し、塩と胡椒を揉むように刷り込んでいく。丁寧に、丁寧に。下ごしらえに夢中になっているうちに、432円のステーキは化けていく。

あの奇妙な集団面接から、半年が経った。面接のあとにもらった内定通知を、僕はふたつ返事で引き受けた。今はモバイルエンジニアとしての開発に加え、新しいサービスの企画にも携わっている。初めての仕事はうまくいかないことばかりだけど、それが楽しい。

社長が知り合いだけで経営してきた会社は、これからの増員を見据え、採用フローを整備しているようだ。採用にはどういう手続きが必要で、面接ではどんな点を重視するのか。僕の転職活動の経験は重宝されて、社長から何度もヒアリングを受けた。20社受け続けたことが、ここで活きるとは思っていなかった。ただ8人で行なうホームパーティだけは、これからも続けてほしいとお願いした。

フライパンに肉を寝かせる。白い煙が上がる。焼くことで肉のタンパク質が固まり、歯ごたえが増す。ただ焼きすぎるとパサパサになるから、微妙な塩梅が重要だ。何度焼いても、まだまだ理想のステーキにはほど遠いと思う。

こうやって最適な焼き加減を、僕はいつまでも探し続けるのだろう。OKストアの棚の前で、悩み続けるのだろう。美味しく焼けても、焼けなくても、その試行錯誤の過程こそが、僕にとっては喜びだ。

432円のステーキをまな板に乗せ、包丁を入れると、肉汁が溢れ出した。思わずつまみ食いした一切れが、ほろりと口の中で溶けていった。


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岡田 悠

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岡田 悠
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