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西粟倉村史を読み解く ③木地師

株式会社百森の清水です。西粟倉村史を読み解く第3回目は、「木地師」についてです。

木地師(きじし)をご存じでしょうか。木地師とは、広葉樹の木を伐採し轆轤(ろくろ)と呼ばれる工具を使って盆やお椀、こけしなどの日用品を作ることを生業としていた人たちで、村に定住せず原材木を求めて山から山へと移住する流浪の民です。
西粟倉では、1789~1800年ごろに影石村塩谷地区のあたりに何軒かの木地師が住んでいたという記録があります。

木地師は流浪の民ですが、近江国愛智郡小椋(おぐら)郷(現滋賀県)の「蛭が谷(ひるがたに)」と「君が畑」を心の故郷とし、諸国の木地師たちの共通の祖神として信仰され、この信仰を通して諸国の仲間たちと強く結ばれていました。江戸時代になって身分統制が厳しくなると、神官の総元締の支配下に組み込まれ、木地師の人々は農民とは全く異なる職業身分として区別されました。

木地師が住んでいたのは影石村塩谷地区だけではなかったようです。大茅区の文書にはこんなことが書いてあります。

1819年に嘉平というひとが、仲間である源左衛門の娘「いせ」と、源左衛門の反対を押し切って結婚しようとしました。そのため、源左衛門は娘いせを因幡国の木地師仲間に預けました。
嘉平は不満に思い吉田村(現美作市東粟倉)庄屋の林兵衛に訴え、林兵衛は影石村塩谷と大茅村の庄屋を兼任していた四郎兵衛に解決するよう指示しました。さらに四郎兵衛は影石村塩谷の木地師清右衛門と大茅村の百姓3名に仲裁を命じました。仲裁の下請けの下請けです。
その結果、嘉平はどんなに結婚したくても親が反対している以上は諦めるべきで、娘も親の意見に従うべきである。また源左衛門はいかに流浪の民である木地師とはいえ、大茅村の帳面に登録された者であるなら娘を勝手によその国に遣わしてはいけない、という仲裁がくだされました。嘉平と源左衛門は互いに木地師仲間というのもあり、以降は争いをやめ仲睦まじく暮らしました。

吉田村は現西粟倉村の南東に位置します

このような内容が文書にあることから、大茅村には嘉平、源左衛門、また影石村塩谷地区には清右衛門という木地師がいたことが分かります。

大茅区文書には、ほかにもこんな話があります。

年代は不詳ですが、大茅村の木地師が禁制の賭博をしているところを村の役人に見つかってしまいました。役所に突き出されるところでしたが、鉄山庄屋の惣兵衛、新田の清吉、大茅村の市兵衛らの取り計らいで内々に済ませてもらえることになりました。賭博を開くのですから木地師は2~3人の規模ではなく、推定で10軒前後の木地師の集落があったのではないかと考えられます。

大茅村の木地師は文政(1818~1830年)の間には村の帳面に登録されていることから、その頃には定住生活に入っていたようです。木地師の集落ができると仲間のよしみでよそから移住してくる人もいました。そのうちの一人が小椋勝平という者でした。

勝平は因幡国智頭郡中原村の木地師の息子で、何年か大茅村に来て木地職を営んでいましたが、大茅村に「木地職をやめて帰農するために戸籍に登録したい」と申し出て、聞き入れられました。木地師の人々は一般に明治維新の前後から次第に木地職をやめて帰農し農民と融合するようになりました。勝平もその例で、全ての木地師がそうであるとは言えませんが、西粟倉村では木地師の帰農者は小椋(おぐら)姓を名乗ることが多かったそうです。

智頭郡中原村は現西粟倉村の北に位置します

この小椋姓には所以があります。木地師は自分たちの職業に対する誇りや仲間との信頼感が強くありましたが、それを維持させたものに伝承の共有がありました。これらの伝承は各地の木地師の仲間に文書で大切に保管されており、西粟倉村にも「木地屋文書」が残っています。

その伝承とは、木地師の元祖が惟喬(これたか)親王であり、木地師の祖は親王に仕えた2人の公卿だったというものです。皇位継承争いで皇位につけなかった惟喬親王は近江国小椋郷でひっそりと暮らすことにしましたが、従者の公卿が親王から教わった方法で木地椀を作って親王に送ったところ喜ばれ、2人の公卿に「小椋」の姓を賜りました。

実際は惟喬親王の史実と異なっているため、この伝承が記された文書は偽物とされていますが、木地師が定住生活を営む農耕の民に疎外される中で、彼らの身分と職業に対する誇りを持つためにとても大きな意義があったものでしょう。勝平をはじめとする木地師たちは、たとえ木地師をやめて帰農しても、小椋姓に誇りを持ち続けたことでしょう。

職業としてはなくなってしまった木地師ですが、今でも西粟倉に暮らすとその名残を感じることができます。

参考:西粟倉村史(前編)
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見落としている部分も多いようなので、より詳細を調べたい方は図書館へどうぞ!


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