『大怪盗』2

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 「どうも」
 大荷物を載せた馬を従えた別の行商人が洞窟の前に立っていた見張りの男に短く声を掛けた。
 「ん、今日もご苦労」
 見張りの男が横柄な態度で応えた。
 行商人の男が証明用の書類を符牒を混ぜながら渡す。
 「最近、俺等の事を嗅ぎまわってる小物がいるらしくてな。頭領に適当にやるなって文句言われてて面倒なんだよな」
 文句を言いながら見張りの男が面倒そうにそれらを一つずつ確認していく。
 数枚の紙の束を一枚一枚めくりながら、行商人と紙を見比べていく作業は見ていても面倒な作業なようだった。
 「ん? おい、この項目訂正したのか?」
 「え、いや、そんなことはないと思いますけど……」
 見張りの男は何かに気付いたように書類のうちの一枚を行商人に見せた。
 書類用の紙はマジックペーパーで出来ており、魔力を用いることで簡単に印刷ができるものだが、一度印刷したものを訂正するのにはもう一度魔力を込める必要があり、それらの残滓が残るため不正のしづらい用紙であった。
 どうやら見張りの男は訂正した魔力の残滓を感知したようだった。
 「おい、待て。お前まさか偽物か? 俺らを嗅ぎまわってるやつじゃないだろうな」
 「ち、違いますよ。いつもお世話になってるじゃないですか!!」
 「お前、一度もフードを取ってないよな? 今すぐ取れ!!」
 見張りの男が乱暴に行商人のフードに掴みかかった。
 バサリ、と音を立てあっけなく行商人のフードは取られた。
 フードから出てきたのは、いつもと変わらない自信なさげな困った表情を浮かべる見知った行商人の顔だった。
 予想が外れた見張りの男は一瞬呆気に取られたようだったが、すぐに険しい表情に戻った。
 「……なんでわざわざフードなんか被ってた?」
 「いや、来る途中で顔に怪我しまして……。みっともないかな、と……」
 言われた通り、行商人の顔をよく見てみると顔に転んだような擦り傷が複数あった。
 見張りの男は少しだけ納得したようで、いくらか表情の険しさが緩んだが疑いは完全に晴れたわけではないようであった。
 その後も質問や符牒の確認、そして積み荷の確認を厳重に行っていった。
 しかし、書類の訂正以上の問題は発見されず見張りの男は首を捻ったが、問題がない以上時間をかけることもできない。
 「……ったく。いったい何なんだ」
 納得がいかず苛立ちながらも、行商人の男をアジトの中に通すことにした。
 「もういいですか?」
 「あー、ちょっと待て。もう一度書類を出せ」
 見張りに言われ行商人は一度しまった書類の束を取り出して渡した。
 見張りは乱暴に受け取ると、訂正されたページを開き、紙に魔力を込めた。
 ジワリ、と数秒かけて訂正されていた個所の文字と魔力が書き換わっていく。
 やがて完全に書き換わると紙に残っていた原因不明の魔力が光球となってフワリと浮き上がり、フラフラとどこかに消えていった。
 通常では見ない現象であったが、これ以上面倒になるのが嫌になったのか見張りは行商人の方へ書類の束を突き返した。
 「訂正されたまま頭領に見つかったら俺がドヤされちまう。俺の魔力で上書きしといたから頭領に訊かれたら上手い事誤魔化しとけ」
 「わ、わかりました」
 書類の束を受け取り、もう一度しまい込んだ。
 行商人が書類を仕舞ったのを確認すると、見張りは無言で洞窟内の扉の方へ歩き出した。
 行商人も遅れないように見張りの背中を追って洞窟の中に消えていった。

♪ ♪ ♪

 フラフラと宙を泳いでいた魔力の塊である光球は数百メートルの距離を移動し、使役者の元まで戻ってきていた。
 「……あっさりうまくいったな」
 「思った以上だったな」
 光球を両手で包むように迎え入れたアレンが呟くとレイアが同意し頷いた。
 「で、どうだい? 魔力は採取できたかい?」
 「おう、ちょっと待ってくれ」
 アベルがアレンに訊ねた。
 返事をした後、アレンが何事かを口の中で唱えると漂っていた光球がフッと吹き消えるように消えた。
 光球の正体は精霊であり、即ちアレンの魔法であった。
 「ん、ばっちり見張りの奴の魔力が採取で来たぞ」
 「いいね。これで問題なく黒狼団のアジトの扉が開けられる」

♪ ♪ ♪

 「はぁーあ、めんどくせぇなぁ」
 見張りの男は行商人を中に案内したあと、持ち場である洞窟の前に戻ってきた。
 退屈な仕事に対する愚痴を呟きながら、上着のポケットから煙草を取り出して火の魔導石のライターで火を点けた。
 好きで見張りの仕事をしているわけではない。
 しかし、黒狼団の下っ端の中でも魔力の扱いが比較的器用な自分でなければ、マジックペーパーの書類の確認が出来ない為、見張りの仕事をやらざるを終えないのである。
 煙草をふかしながら、夕日の沈み始めた空を見あげた。
 (他の仕事に比べれば、こうやってのんびり半分サボりながら煙草をふかせる時間が多いのはありがたいな)
 そう思ってぼんやりと空を見あげていた、その時だった。
 「いやぁ、お仕事お疲れ様です」
 背後から突然聞き覚えのない声が聞こえた。
 「ッ!!」
 見張りの男は驚きながらも即座に反応し、振り向こうとした。
 が、それよりも早くゴッ!!という鈍い音と激しい痛みが見張りの後頭部を襲い、直後に意識を手放し、相手の姿を確認することもなく地面に倒れこんだ。

♪ ♪ ♪

 「ちょっと眠っててね」
 アベルは手に持っていた木の棒を無造作に捨てた。
 「もうちょっと早く魔力感知されるかと思ったけど、まぁゴロツキ集団の下っ端じゃこんなもんか」
 つまらなさそうに呟きながら洞窟の方へ入っていった。

 洞窟の中にある厳重な人魔大戦期の扉の前ではレイアが扉の解析をしており、アレンが後ろでその様子を見守っていた。
 遅れてやってきたアベルもアレンの横で立ち止まった。
 「どうだい? いけそう?」
 「……単純な魔力識別式の扉だな。遺物としてよくあるヤツだ。余裕だな」
 レイアが立ち上がり、扉の前を空けた。
 アレンに扉の前に立つように促す。
 アレンは扉の前に立ち、何事か口の中で呟くと先ほどと同じ小さな光球が手のひらから出現した。
 光球がアレンの手の平から扉に備え付けられた魔導器に向かって移動した。
 魔動機に光球が触れると、ピッという短い反応音が聞こえ、魔導器が起動したことを報せた。
 起動後すぐに扉が自動的に開いた。
 「さて、行くか」
 アベル達は黒狼団のアジトに足を踏み入れた。

♪ ♪ ♪
 
 アジトの中は白い壁に覆われた通路がかなり奥の方まで続いているのが見えた。
 「こんな感じなのか」
 周囲を警戒していたアベルだったが、人の気配がほとんど感じられず、幾分か警戒を解いて呟いた。
 後ろに付いているアレンは未だ警戒しているようで慎重な様子が伺えた。
 レイアの方は索敵を二人に任せているようで、壁に触ったりして素材や遺跡の年代を調べているようだった。
 「どう? なんかわかる?」
 「ん? あぁ、まぁ多少はな」
 警戒をアレンに任せ、レイアに話しかけると彼女は壁を指さした。
 「素材的には優秀な壁材を使っているようだが、建築の技術がお世辞にも上手いとは言えない……。見てみろ」
 レイアの指の先を見てみると確かに壁材の継ぎ目がツギハギの様になっているのが見えた。
 「優秀な壁材ということは人魔大戦期のより前か大戦前期の技術という事なんだが、建築技術自体は途絶していた可能性がある。つまり、大戦中期以降の遺跡なのだろうな」
 レイアは納得したように一人で頷いた。
 技術の途絶が起こった後の遺跡なのであれば、内部の構造も比較的単純なつくりになっていることが多い。
 そのことを念頭に置きながらアジトの探索を進めることにした。
 

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