魔王の話 6
怜音とアメリアとカール、三人の視線が扉に集まる。
入ってきたのはカールと同じ軍服の様な服を着た男だった。
「なんだ、まだ終わってなかったのか」
男の渋い声が謁見の間に響いた後、近づいてきた。
近づいてきた男で何よりも目を引いたのはその大きさであった。
身長がおそらく2メートルを優に超えている。
男はいつの間にか立ち上がっていたカールとアメリアのそばまで来て、何か二人に話そうとしたところで思い出したかのように怜音の方へ振り返り、まじまじと怜音の顔を覗き込んだ。
まじまじとこちらを覗く男の威圧感に軽く萎縮しながら、怜音はちょうど目の前の大男と並んでいる優男風のカールと見比べ、正反対な印象を受けた。
「ヴァーウォールさん、何か用事があるんじゃないんですか?」
萎縮していた怜音に同情したのかカールが助け舟を出してくれた。
ヴァーウォールと呼ばれた大男がカールの方へ振り返る。
「ん、いや、一通り仕事が終わったから様子を見に来ただけだ。しかし――」
ヴァーウォールがまたしても振り返って怜音の方へ向く。
おもわず怜音がビクリと体を硬直させる。
「坊主が噂の『氣』の魔法を使ったって召喚者か? 次の魔王候補ってわけだ」
「……いえ、俺は……その……」
大男と対面している怜音は否定するべきだと思った、がうまく言葉が出てこなかった。
気まずい沈黙が流れる。
「……」
「――フッ、ガッハッハッハッハッ」
黙ったまま固まっていた怜音との間に沈黙が流れた後、ヴァーウォールが突然怜音の肩を叩きながら大笑いしだした。
「ハッハッハッハッハッ」
「……あの、痛いです」
「おっと、スマンスマン」
叩かれる痛みに耐えかねた怜音が抗議するとあっさりと手を引っ込めてくれた。
しかし、その顔には笑みを浮かべたままだった。
「あまりにもクオンの奴に似ていてな。子供のころのアイツを見ているようだ。ククク」
どうやら笑いをこらえきれないようだ。
一通り笑い終わって落ち着いた後、ヴァーウォールは怜音の前に手を差し出した。
「ヴァーウォール・エッジゲートだ」
どうやら悪い人物ではなさそうだ。
ほっと息を吐き出して怜音はその手を取った。
「茉莉木怜音です」
「うむ、そうか。……で、坊主がクオンの奴とどういう関係なのかはわかったのか?」
ヴァーウォールは怜音と繋いだ手を大げさに数回上下に振り、手を握ったままカールとアメリアの方へ顔だけで振り返った。
「……確証がないようですが、クオン様の御子息である可能性があるようです」
アメリアが答えるとヴァーウォールはまた大きく笑った。
「確証も何も、こんだけ容姿も魔力も似てるんだ、魔法に至っては血で継承される魔王の魔法を持ってるんだ、無関係って方がおかしいだろう。なぁ?坊主」
ヴァーウォールが怜音に話を振った。
「いやぁ……俺には何が何だか……」
「あぁ、坊主は放浪者だったな。そりゃあ、判断のつきようがないな。坊主自身もどんな風に身を振るべきかもわかんねぇだろうし、俺ら側としてもどう扱っていいのかわからないってわけか」
カールの方へヴァーウォールが問いかける。
「そうですね。本人がどうしたいのか決まっていないようなので」
カールがそう答えると、ヴァーウォールは数秒黙った後、ニヤリと笑った。
「どうしていいのかわからねぇなら俺が坊主を使ってやるよ」
「はい?」
「お前、このままこの坊主腐らせるように置いとくつもりかよ。お前のことだ、どうせ立場とか気にして、自分とこで仕事させるつもりだったわけじゃないんだろう?」
「それは……」
「で、メイドにするわけにもいかねぇ。となると、やっぱ俺んとこで引き取ることになるじゃねぇか。それに魔界じゃあ、最低限の力を持っておいて損はねぇだろ。これからこの坊主がどうしていくにしてもな」
いまだ渋っているカールを丸め込み、ヴァーウォールは怜音の方へ向いた。
なんだか、怜音の知らないところでよくわからない話が進んでいる。
「レオン、お前は魔王になりたいか?元の世界に戻りたいか?それとも元の世界には帰りたくないけど魔王にもなりたくないか?」
「え?……えぇと」
怜音は状況が呑み込めず、言葉が出てこなかった。
そんな怜音に構わずヴァーウォールは話を続けた。
「選択肢は無数にある。でもここは魔界だ。選択肢が自由が欲しけりゃ力を付けろ。俺が最低限は選べるだけの力を仕込んでやるよ」
「え……、と」
怜音がカールとアメリアを見たが二人の表情からは何も読み取れない。
自分で決めろ、ということだろう。
数瞬だけ怜音はヴァーウォールの言葉を考えてみた。
「……はい」
考えてみたが状況のわからない以上は従う以外の選択肢は思い付かなかった。
小さく返事をするとヴァーウォールはニカッと笑った。
「決定だな。じゃあ、そういうことだ。カール手続しとけ」
「はぁ……わかりました。めんどくさいことはやっておきますよ」
カールは諦めたように笑って返事をした。
「おう、頼んだ。さて、早速今から行くとするか。レオン!」
「へ?うおっ……グエッ」
カールの返事を聴いたヴァーウォールが猫にそうする様に怜音の襟を掴んで片手で怜音を持ち上げ、笑いながら謁見の間の扉へ向かっていった。
「おっと――」
その途中で、レオンを持ったまま立ち止まり振り返った。
「そういえば、こいつの部屋はどうするんだ?今日召喚されてきたのは何処だったっけか」
「まだ決まってないです。今日召喚されてきたのは、クオン様の寝室ですが……」
ヴァーウォールの問いかけにアメリアが答えた。
なんせ、怜音の第一発見者はアメリアだ。
「じゃ、そこでいいじゃねぇか」
「いえ、しかし――!」
「これも何かの天啓だよ、アメリアの嬢ちゃん。嫌がる気持ちも分かるがあの部屋はどうせ使うやつがいないんだ。なら有効に使おうぜ?」
「……っ」
ヴァーウォールの言にアメリアは納得していないようで黙ったままだった。
ヴァーウォールはそれ以上何も言わず、首が閉まりかけてぐったりしている怜音を手でぶら下げたまま謁見の間から出ていった。
あとに残されたのはカールとアメリアの二人。
「ハハハ、相変わらず豪快だなぁ、ヴァーウォールさんは」
「ヴァーウォールさんですから。嵐みたいです」
二人は苦笑いした後、仕事のために謁見の間から出ていった。
夜。
城内の灯りもまばらになり始めた時間帯。
怜音は一人、今朝使った中庭に佇んでいた。
あの後怜音はヴァーウォールが管理しているらしい鍛練場に連れて行かれた。
そこでヴァーウォールが魔人の魔界における軍のような組織のトップであることを聞かされた。(ついでに、カールが魔人の魔界の事務処理分野のトップ、アメリアが城内の雑事を取り仕切るメイド長であることを聞かされた)
現在の魔人の魔界の軍は主に魔物や魔獣の退治、犯罪者の検挙、災害時の救助活動などの仕事を行っているそうで、普段からこうした鍛練場で自分たちの力を磨いてるとのことだった。
ヴァーウォールは怜音を自分の下に新人扱いで入れることによって効率的に魔法の扱いや戦闘での身のこなしなどの戦闘技術の基礎を教えるつもりだ、と話してくれた。
怜音にとってはこれからの行動に必要になってくる技術なのでむしろこちらからお願いしたいくらいの事だった。
当然快諾し、それから夕食までみっちりと魔法の使い方や身のこなしなどの鍛練を受けた。
鍛練に区切りがついた辺りでヴァーウォールや他の軍人たちと一緒に夕食をとり、浴場で汗を流した。
それから怜音はアメリアではない別のメイドに朝、自分が居た部屋、つまりこの城の元々の主であるクオン・ハーディア・クロノシウスの寝室へと案内された。
かなり躊躇はしたがヴァーウォールによる指導で疲れ切っていたので朝のようにベッドに体を預けた。
しばらくは目を閉じてじっとしていたが疲れ切った体に反するように頭は冴え、アメリアが自分がこの部屋を使うことを渋っていたことを思い出し、どうも眠れなかった。
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