魔剣騒動 17

「 ……あれはもう助からなそうだね」
 もとより、仮に無事だったとしても助けるつもりはなかっただろうが、明らかに引き返せない雰囲気を見てアベルがそう呟いた。
 返答する者は誰もいなかったが、アベルの意見に反論する者もいなかった。
 おそらく目の前の彼の意識は既に剣に取り込まれてしまったのだろう。
 空也は視線を逸らさないままそう結論した。
 人の自意識を喰らい尽くす、ということを考えれば目の前の剣は既に十分に魔剣と呼称してもいいのかもしれない。
 ただ――

 視線の先に捉えている強襲者の身体が、野生動物のそれのように弓なりに軋んだ。
 次の瞬間、強襲者は猛烈な勢いで空也の方へまっすぐに飛び込んできた。
 数メートルの間合いは瞬時に融け、凶刃が空也に襲い掛かる。
 が、不意打ちではない今度の一撃を『剣の勇者』神月空也は悠々と正面から受けた。
 大上段から打ち下ろされる一撃に、添わせるように水晶の剣を振り、弾く。
 強烈な一撃はいとも容易く空也の身体を大きく逸れ、それに伴うように強襲者の身体も大きく崩れる。
 地面に崩れる寸前、強襲者と空也の視線が交差した。
 強襲者の虚ろな目の奥に、恨みのようなものを見た気がした。
 そう思ったのも束の間、魔法陣が強襲者の身体を包んだ。
 空也は即座に反応し、バックステップで距離を取った。
 直後、爆発。
 アベルの魔法が強襲者の身体を容易く爆散させた。

 ――ただ、魔剣と呼ぶにはあまりにも弱すぎる。

 「……今の爆発、俺のこと何も気に掛けてなかったでしょう?」
 空也が呆れながら振り返ると、そこには楽し気に口角を上げたアベルがいる。
 「いやいや、クウヤ君なら余裕で避けられるだろうと思って。信頼だよ、信頼」
 「……」
 アベルの軽口にため息で返答してやってもその表情は変わらない。
 何を言っても無駄なので、空也は視線を周囲に向けた。
 「適当なこと言ってないで構えなおしてください。まだ終わってないですよ」
 「あ、やっぱり?」

 空也の視線の先、アベルの起こした爆発によって吹き飛ばされた魔剣のすぐ側にあった首の斬り落とされた死体がむくりと起き上がった。
 首なしの死体は床に落ちていた魔剣を拾い上げ、先程の強襲者と同じように奇妙な前傾姿勢で剣を構えた。

 強襲者を爆散させても魔剣の圧は消えていなかった。
 だから魔剣が次の手を打ってくるのは想定通りだった。
 死体を操る、というのもそれなりに予想はしていたが意外な手ではあった。
 腐っても魔剣、それだけの力があるということか。
 空也は水晶の剣を手にしている右手に魔法陣を展開させる。
 瞬間的に魔法陣が光を放ち、瞬時に剣が換装される。
 水晶の剣とは全く違う、実用性だけに念頭を置いたような無骨な作りの直剣。
 しかし、その無骨な剣水晶の剣も目の前の魔剣も軽々と越える圧を放ち、空間の空気と魔力をビリビリと震わせた。
 魔剣を携える首無し死体がその圧に反応しピクリと体を揺らす。
 空也が自然な動作で剣を構えると振動はピタリと大人しくなった。

 「剣の装備者を破壊しても、また別の死体を使うでしょう」
 「全部爆破してもいいけど?」
 「それは無駄が多いでしょう。もっと簡単な手で行きましょう」
 「というと?」
 わかっている癖にアベルはにやりと訊いた。
 「剣を破壊します」
 了解、と空也の後方の三人が返事するのと、首無し死体が動き出すのはほぼ同時だった。


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