『大怪盗』1

 行商人の男が見えた。
 洞窟の中から見張りらしき男が出てきた。
 行商人と幾つか言葉を交わした様子が見えた。
 見張りの男は納得したように頷き、キョロキョロと辺りを確認したあと行商人の男を連れて洞窟の中に消えていった。
 数秒してドアの開閉音が辺りに響いた。

♪ ♪ ♪

 「いやぁ、相変らず凄いですね」
 行商人は洞窟の内部に広がる人工物の通路を見回した。
 洞窟の内部は岩の壁ではなく、綺麗な白塗りの壁だった。
行商人を先行するように大柄の男と深くフードを被った人物が歩いていた。
 「人魔大戦中期の遺構、だそうだ。誰も有効活用してなかったからな、『ウチ』で使わせてもらってるってワケだ」
 行商人に先行する大柄の男は犬歯をむき出しにするように口角を釣り上げた。
 「で、いい商品と金は用意できてるんだろうな?」
 「それはもちろん!! なにせ、かの大盗賊団『黒狼団』様はお得意様ですからね!!」
 「それじゃあ、お互いに商売をしようじゃねぇか」
 大柄の男――『黒狼団』の頭領は立ち止まり、目の前の扉に手をかざした。
 扉は短い反応音を鳴らした後、自動的に開いた。
 「相変わらず不思議な扉ですなぁ」
 行商人は関心したように呟いた。
 頭領は行商人を部屋の中にある椅子に座るように指示する。
 行商人は逆らうことなく指示通り席に着いた。
 続けて頭領が行商人の対面の席にドカッと座った。
 最後にフードの人物が音もなく、いつの間にか頭領の横に待機していた。
 扉が自動で閉まった。
 「特定の生体魔力に反応して動いてんのさ、だから俺以外の人間には開けられない仕組みだ」
 「はぁ」と、なんだかよくわからないが、行商人は納得したように息を漏らした。
 「ところでずっと気になってたんですが、頭領様の隣の方について訊いても?」
 行商人はずっと気になっていたフードの人物の方に目をやった。
 「あぁ、どうやら最近ウチもギルドの連中に目を付けられ始めたみてぇでな。この人は用心棒の先生、って奴さ」
 言い終わってから頭領は煙草を咥え、火をつけた。
 「さて質問タイムは終わりだ。いい加減商売を始めようぜ」


1/
 リタ連邦は人間界第一大陸の北東に位置する、大きな国土を抱える国である。
 大きな国土を抱えているが、その国土の大半が峡谷、氷河、山岳、大森林などの過酷な環境であり、且その位置の関係上凶暴で強力な魔獣や魔物が闊歩している。
 その為、それほど多くの人口は抱えていない。
 しかし、その環境を逆手に取り、盗賊団などの非合法な組織が活動の拠点として好む土地柄でもある。
 そんなリタ連邦の中でも、最近急速に活動が活発化したのが『黒狼団』を自称する盗賊団であった。
 最初は行商人などの商人の荷馬車を襲い強奪を繰り返していたが、ここ数年で急速に組織が拡大したようで最近では貴族の屋敷などが襲われるようになっていた。
数週間前、リタ連邦の有力貴族であるヴェルド公邸が『黒狼団』の襲撃に遭った。
 幸い家人のほとんどが出払っていたため被害は最小に抑えられたが、ヴェルド家の家宝の一つとされていた黄金の剣が強奪されてしまった。
 ヴェルド公はその事実を知って激昂し、リタ連邦という国を通して、七大ギルド連合に依頼書を提出した。

 「でも、その依頼書の内容が『黒狼団の壊滅』、じゃなくてあくまで『黄金の剣の奪還』にとどまってるところにリタのお貴族様方の黒いところが見え隠れしちゃうよね」
 リタ連邦東部に広がるレブート大渓谷、その奥地。
 洞窟に偽装された入り口を持つ人魔大戦中期の遺構こそが、盗賊『黒狼団』のアジトであった。
 その入口から2km近く離れた山中で、樹上でスコープを覗き、洞窟の入り口を観測する男が呟いた。
 ローブを深くかぶり、その姿は森の中で迷彩されている。
 「まぁ実際、あそこまで大々的に活動しているのだから、『なにかしら』の後ろ盾があるんだろう」
 ちょうど茶髪の女性が木に立てかけられた梯子を登ってきていた。
 女性はフードこそ被っていないが、男と同じローブを身に着けていた。
 「動きはあったか?アベル」
 女性は樹上の男――アベルに伺ったが、アベルはスコープから顔を外し、肩を竦め首を横に振った。
 「いやぁ、さっきの行商人が入っていってから動きがないねぇ。たぶんしばらくは出てこないんだと思う」
 「そうか……。それなら少し休んだらどうだ?疲れただろう」
 女性は梯子を登りきり、アベルの横に座った。
 「うーん、まぁそうだね。レイアがそう言うなら今のうちに休もうかな」
 アベルは女性――レイア・ウルトゥスの提案を飲み込むことにし、持っていたスコープをレイアに手渡した。
 「そうするといい、丁度アレンがスープを作っていたぞ」
 「ホントに? それはラッキーだ。久しぶりにまともな食事になるなぁ」
 アベルはもう一人のパーティメンバーであるアレン・リードの料理を思い浮かべた。
 彼は料理上手なので、きっと美味しいスープが待っているだろう。
 「おい、ちょっと待て。昨日私が料理を作ってやっただろう」
 不機嫌そうにレイアは抗議したが、彼女の作る冒涜的壊滅料理をまともな食事とはどうしても認められなかった。
 「…………。じゃ、あとよろしく」
アベルは短く告げると、10m近くある樹上から飛び降りた。
 「おい!! ちょっと待て!! アベル、おい!!」
 樹上からレイアの声が響いたが、アベルはそそくさとベースキャンプの方へ戻っていった。


 ベースキャンプに戻るとアレンが一人、焚き火の上の鍋を混ぜていた。
 「ただいま」
 「あぁ、アベル。お疲れ様」
 アベルが声を掛けるとアレンは気づいたようで言葉を返した。
 アベルはアレンの対面にある倒木に腰を掛け、焚き火にあたる。
 「はぁー、あったかい」
 「樹の上寒いよなぁ」
 季節は未だ春を迎えたばかりで、大陸の北側に位置するリタ連邦ではまだまだ気温が低い。
 焚き火で温まるアベルに、アレンが鍋の中からスープを器に移して渡した。
 「今日は野兎のスープだよ。罠張ってたら、捕まえられたんだ」
 「ん、ありがとう」
 お礼を告げて受け取ると、食欲を刺激する香りが立ち上ってきた。
 「いただきまーす」
 シンプルな塩味のスープだが、肉の旨味と数種のハーブの香りが混ざり味に深みがある。
 無言のまま、スープをのんびりと飲む。
 焚き火の音と近くの川のせせらぎ、それと時々聞こえるアレンの鍋をかき混ぜる音だけが辺りに響く。
 「……美味しいなぁ。久しぶりにまともな食事だ」
 アベルが呟くと、アレンは苦笑を浮かべた。
 「昨日は俺はベースキャンプの設営やってたし、アベルは見張り台作るのと見張りやってたからな……」
 「油断してたねぇ……」
 アベルとアレンがそれぞれ作業を終わらせてベースに戻ってくると、手持ち無沙汰になったレイアが既に冒涜的壊滅料理を作っていた。
 キャンプに持って来れる食糧には限りがあり、作ってしまった以上は食べる以外の選択肢はなく、昨日はレイアの料理を食べるしかなかった。
 思い出したところで二人とも苦い顔をした。
 口を直すようにスープを飲んだ。
 旨味が口の中を洗ってくれるような感覚を覚えた。
 「……で、進展はなんかあったか?」
 「いんや、何にも。行商人が出てこないとダメだね」
 首を横に振る。
 「ま、でもあと数時間もしたら出てくると思うよ。行商人だって盗賊団のアジトには長いしたくないだろうし」
 「まぁ……そりゃあ、そうか。こんな山奥とは言え、盗賊団と取引してるなんて知られたら信用問題だしな」
 「そういうこと。まぁ、今は大人しく休んでるのが正解、ってとこだね」
 言い終わってアベルは食事を再開した。
 また、焚き火の音と近くの川のせせらぎ、それと時々聞こえるアレンの鍋をかき混ぜる音だけが辺りに響き始めた。

2/
 状況が動いたのはそれから二時間近く経った後だった。
 すっかりと日が暮れ、一層気温が下がった。
 吐く息が白くなるような気温の中、息を殺して覗くスコープの目線の先で件の行商人が入り口から出てくるのが見えた。
 「……ま、暗闇の中を移動するようにするのは基本中の基本だよね」
 行商人の予想通りの動きに、スコープを覗くアベルは思わず口角を上げた。
 「さて、と……。どうしようかな」
 行商人の動きを見ながら、行商人の周囲も確認し、通るであろうルートに当たりをつけていく。
 アベル達に監視されていることなど知る由もない行商人は大荷物を抱えたまま、緩慢な動きで黒狼団のアジトから離れていくのが見えた。
 「…………よし」
 スコープを小刻みに動かしながら、考えを巡らせていたアベルだったが、おおよそのプランが決まったのかスコープから目を離した。
 手にしたスコープを畳み、ポケットに入れると、樹上から飛び降りた。
 音もなく地面に着地し、まずはベースキャンプの方へ動き出した。


♪ ♪ ♪

 行商人を捕らえるのは非常にスムーズに終わった。
 アベルの予想した通りのルートを移動していた行商人が一息つくために休憩を挟んだところでアレンがバレないように精霊魔法による睡眠魔法を軽くかけ、抵抗しない間にアベルとレイアの二人で行商人を縛り上げ、三人で行商人を連れてより安全かつこちらの都合のいい場所に連れて来たのだった。
 「まぁ、この辺ならいいんじゃない?」
 行商人が休んでいた地点よりさらに黒狼団のアジトから離れた川原に着いた。
 遠くの方には小さな滝があり、絶えず水流の音が夜の森に響いていた。
 多少大きめの音が出てもこの滝と川の音で掻き消されるであろう。
 アベルが指示すると行商人を運んでいたレイアとアレンが手を離した。
 行商人が音を立てて地面に落とされた。
 すっかり目を覚ましていた行商人は悶絶するようにくねくねと必死に縛られた体で動いていた。
 「ナイフと結界お願い」
 アベルがまた短く指示を出した。
 レイアがローブの中から大柄のナイフを取り出し、アベルの方へ投げ渡す。
 アレンは手早く魔法陣を発動させ結界を張った。
 「さて、と」
 レイアから受け取ったナイフを片手に行商人に近づき、地面に転がる行商人を見下ろすように腰を下げた。
 「今から貴方にいくつかの質問をするから正直に答えてください。正直に、抵抗することなく答えていただければ危害を加えるつもりはないので安心してください。抵抗するのは構いませんが貴方に利益はないでしょう。それに逃げられないので安心してください」
 アベルがナイフで行商人の後ろで待ち構える二人を指した。
 行商人は必死に顔を動かし、確認したが三人ともに深くフード被っているため顔はわからなかった。
 職業柄こういう目にも何度かあっているのか、行商人は三人の実力を感じ取ったようでほとんど抵抗する気はなさそうであった。
 その様子を見てから、アベルは行商人の口にまかれたロープを解いた。
 「何が目的だ!? 金か!? 商品か!?」
 「えぇ……そんな小物に見えます?」
 おどけた様に返したが、返事はなく行商人は怯えた目のままであった。
 「黒狼団との取引は何回目ですか?」
 「……八回目だ」
 「取引は何時もアジトで?」
 「……五回目までは毎回別の場所だった。……それ以降はアジトで取引になった」
 「黒狼団のアジトに何人ぐらい控えてるか分かります?」
 「……それは知らな――」
 言い終わる前にガッ!!と音を立てて行商人の目の前の地面にナイフを突き立てた。
 「――待ってくれ!! 本当なんだ!! アジトに入ってもすぐに応接室に通されるだけで、内部の情報は知らないんだ!!」
 アベルの意図を汲んだ行商人が必死に弁明をした。
 (うーん、嘘ではなさそう……)
 行商人の様子から判断したアベルが突き立てたナイフを引き抜く。
 嘘ではなさそうであったが、これ以上内部の構造などの情報は引き出せそうではなかった。
 「取引の時に黄金の剣を見なかった?」
 「!! ……いや、私は見ていない。今回は事前に決められていた商品の取引だけだった」
 行商人はアベル達が何故黒狼団を追っているのか、その理由に思い立ったようであったがソレについては無駄口を叩かなった。
 「うーん……次回の取引は何時?」
 「私は毎回、メッセンジャーが来て次の時期を報せてくるからまだ決まっていないが、近々他の行商人が来る様子だったな……」
 「ふむ、なるほど……。ほかに何か有用な情報はない?」
 「……そういえば、どうやら用心棒を雇ったようだった。フードを被っていて何者なのかはわからなかったが……」
 「そう。じゃあ、ご協力ありがとうございました」
 アベルが立ち上がり、アレンの方に指示を出した。
 アレンが直ぐに何事かを小さく呟くと、小さな光の玉が行商人の周りを飛び始め、やがて魔法陣を描き出した。
 「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 話が違うじゃないか!! 協力しただろう!!」
 行商人が慌てるように騒ぎだしたが、魔法陣の光は段々強さを増していく。
 行商人の視界がどんどん白に支配されていく。
 「大丈夫です。殺しはしませんよ」
 視界が白く埋め尽くされ意識を失う間際、アベルのその声だけが行商人の耳に届いた。


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