魔王の話 2

 「それで? あなたはなぜ、あの部屋のベッドで寝ていたんですか?」
 「それがわからないってさっきから言ってるじゃないですか!」
 怜音は現在メイド姿の女性に連行され、だだっ広い廊下を歩かされていた。
 先ほどから建物の中を歩いているにしては長い時間歩かされているがいまだ目的地にはつかないようであった。
 時間がもったいないと思ったのか一切抵抗するそぶりを見せない怜音に対して女性が尋問を始めたのである。
 しかし、始めたはいいが質問に対する怜音の回答に女性は納得できないようで先程から質問がループしている。
 「では、ここに侵入した理由はなんですか? 侵入経路は? それと、なんでわざわざよりもよって『あの部屋』のベッドにもぐりこんだんですか?」
 「だから! 朝起きたら、なんか知らいけどあのベッドで寝てたんだって! どうやって俺の部屋からこんなところに来たのかは俺も知りたいくらいだよ!」
 「はぁ……、下手な嘘はせっかく伸びた寿命を縮めることになりますよ?」
 「本当なんですって! 信じてくださいよ!」
必死に訴える怜音に一切目を向けることなくメイド姿の女性が一つの扉の前で立ち止まった。
 怜音もそれに倣い立ち止まる。
 「大人しくしていてください」
 女性は冷めた声で怜音に告げるとキョロキョロとあたりを見まわした。
 女性に倣い怜音も周囲を見渡してみる。
 先ほどまでは女性の質問に答えることだけで精一杯だったせいか気付かなかったが数人の人物がこのだだっ広い廊下を歩いているのが確認できた。
 しかしそれらの人物たちの多くに怜音の理解できない特徴がある。
 甲冑姿の者、裾の長いローブ姿の者、メイド服。
 背中に蝙蝠の羽のようなものを付けている者、頭に角が生えているように見える者、猫耳と尻尾がある者、青い肌の者。
 (コスプレ……?)
 怜音の理解力と発想力ではそれ以上の答えが出せなかったし、それ以外の答えを出してしまうとまたしても混乱の渦に巻き込まれてしまうように思えたので怜音はそれ以上できるだけ深く考えないようにした。
 怜音がそんなことを考えているうちに目の前の女性が近くを通ろうとしていた、こちらもメイド服の女性を呼び止めて何か二三言葉をかけた。
話しかけられたメイド服の女性の柔らかそうな金髪の上では見事な猫耳がぴんと立っていた。
 よく見ると背中側で尻尾も揺れている。
 (で、電動のなんかそういうアクセサリーなんだろう。うん、きっとそうだ……)
 早速、怜音の考えが揺れることになってしまった。
 「……はい、わかりました。できるだけ急ぎます」
 「えぇ、お願いします。それとこのことは他の方々へは漏らさないようにしてください」
 話しが終わったようで猫耳メイドの女性が怜音のそばにいる女性に対し、一歩後ずさった後、丁寧にお辞儀しどこかへ去っていった。
 礼をするとき彼女の頭上の耳もペタンの閉じていたのを怜音は見逃さなかった、が考えないことにした。
 猫耳メイドが去っていくのを見送った後、女性は怜音に顔を向ける。
 「?」
 「……」
 数秒怜音の顔を見た後、女性は目線を外して扉の方へ顔を向けた。
 女性はどこからともなくおそらく数十本はあるであろう鍵の束を取り出し、その中から迷うことなく一本を選び、目の前の扉のカギ穴へ差し込み躊躇いなく鍵を廻す。
 ガチャという軽快な音がし、女性がドアノブを廻すとあっさりと扉が開いた。
 「……」
 無言で中に入るように促され怜音はおとなしく彼女に従った。
 部屋はそれなりの広さがあったが、無機質な印象の部屋であった。普通の大きさのベッド、小さめのテーブル、そこに椅子が三つ。しかし、何より目を引いたのは窓についている鉄格子であった。
 起きた時の部屋とだだっ広い廊下の感じから言って牢獄ぐらいはありそうだと思っていたし、怜音自身そういった場所に連れて行かれることは覚悟していた。
 しかし、この部屋は考えていたよりもずっとまとも、というより窓にはめられた鉄格子以外は普通の部屋であった。
 「そこの椅子に座ってください」
 怜音が立ち尽くしていると後ろから急かされた。
 抵抗することなくすごすごと部屋の中央にあったテーブルの椅子に座る。
 怜音が座ったことを確認してからメイド姿の女性は扉に鍵をかけ、怜音の前の椅子まで移動し、席に着いた。
 「……ずいぶん大人しいですね?」
 女性が訝しむような目で怜音を見つめた。
 「そ、そうですかね?」
 改めて自分を疑っている女性、それも今まで見たことがないくらいの美人と二人という状況を意識してしまいどうも落ち着かない。
 そもそも、これで最悪死ぬかもしれない状況なので落ち着きがある方が異常だ。
 しかし、そうして落ち着きなくそわそわしている怜音に女性はさらに目を細めた。
 「……まぁ、いいです。では、もう一度質問します。あなたはなぜあの部屋に?」
 「……また、その質問ですか?」
 つい、口から洩れてしまった。
しまったと思ったが思った時にはもうすでに女性の冷たい視線さらに冷たくなっていた。
 「いいから答えなさい」
 「はい……。……わかりません、気が付いたらあの部屋にいました」
 有無を言わせぬ冷たい声音で言われ怜音はビビりながら正直に答える。
が、相変わらず怜音の答えに納得がいかないようで目線が柔らかくなることはなかった。
 「……気が付いたら、ですか」
 「……すみません」
 怖すぎて条件反射的に謝ってしまった。
しかし、怜音はこれ以上の回答ができない。
 「……」
 「……」
 沈黙が続き、空気がどんどん重くなる。
その重い空気のせいか怜音の視線も目の前の女性から自分の膝辺りにある手元に落ちていく。
 (はぁ……、どうすればいいんだ? 正直に答えてるんだけどなぁ……)
 どうにか状況を脱しようと怜音が思考をめぐらせ始めたところだった。
 トントン――。
 と扉をたたく音が部屋中に広がった。
 女性は無言のまま立ち上がり、扉の前まで行くと鍵を開けた。
 「どうだい? 進んでるかな?」
 扉を開け、入ってきたのは軍服のような恰好をした黒髪の優男風のイケメンだった。
 「……いえ、どうも要領を得ないですね……」
 女性がそう答えると、怜音の方に振り返った。
怜音は恐縮な気持ちになり、体を小さくする。
青年が覗き込むように怜音を見た。
 「こちらの質問に答えてはいるんですが……、どうも……」
 「どうも理解できない、と」
 「はい」
 「うーん、そうか」
 青年が一人でうんうんと頷く。
 「わかった、とりあえずここは僕が代わるよ」
 「え、いえ、しかし……」
 「紅茶が飲みたいんだ。入れてきてくれないかい? ポットでお願いするよ、カップは三つ」
 笑顔のまま有無を言わせない青年の言葉にメイド姿の女性は数瞬悩むそぶりを見せた、が
 「……かしこまりました」
 そう言って丁寧に頭を下げた後、部屋から出ていった。
 「さて、と」
 青年は女性がいなくなるのを見送った後、入れ替わるように怜音の前まで移動し席に着いた。
 「そう緊張しなくていいよ。彼女になんて言われたのか分からないけど拷問するようなことはしないし、まして殺すなんてことはしないから」
 開口一番、青年は柔らかい笑みを浮かべながらあっけらかんと自分たちの対応を口にした。
 青年の言葉に怜音は面を食らう。
 正直今までの対応とは全然違う。
 「……そんなこと最初に言っていいんですか?」
 「んー、自分がこれからどんな対応されるのかもわからない状況で真実を喋りたくなるとは思えないけどねぇ。それに君は嘘を吐いてるわけではなさそうだ。顔を見ればわかるよ」
 「もし嘘を吐いてたとしたら……?」
 「そうだねぇ……。それは僕のミスだ。それで、僕らに危害が及ぶようなことになるなら、僕が責任を持って処理するとしよう」
 青年は相変わらず柔らかい笑みを浮かべていたが、その瞳は笑っていない。
 よく見れば彼は腰辺りに装飾の類のない無骨な剣を差していた。
 怜音の緊張が増し身体が強張る。
 「あぁ、ごめんごめん。つい癖で。万が一でもない限り最初に言った通りだから安心して」
 ふっと青年の瞳から力が抜け元の柔らかい笑みへと戻った。
 「仕切り直そうか。じゃあ、まずは自己紹介だ。僕の名前はカール・エヴァンス。 よろしく」
 そういうと、青年――カールは怜音に対して手を差し出した。握手のようだ。怜音は軽く警戒しながらもその手を取った。
 「茉莉木 怜音です」
 「マツリギ レオン君ね。よろしく。君の話は大体聞いてるよ。廊下での質問に対する答えも一貫しているようだし。あぁ、そういえば」
 カールは握った手を軽く振った後、離した。
 「彼女のことは責めないでやってくれ。色々とキツく当たられただろうけれど君が忍び込んだ――っと、君の証言では気が付いた、か。君が気が付いたあの部屋はちょっと特別な部屋でね。彼女にとってはかけがえのない場所なんだ。だから、そこにいた君に対して少し強く当たってしまったんだと思う。君の雰囲気があの方に似ているのもあるかもね」
 「はぁ……」
 カールの言葉をイマイチ呑み込めずに怜音は気の抜けた相槌を打ってしまった。
 そんな怜音をカールは相変わらず柔らかい笑みで見つめていた。
 「……あの」
 「ん? なんだい?」
 「……ここはいったい何処なんですか?」
 怜音の純粋な質問にそれまで表情を崩さなかったカールが驚きの表情に変わった。
 「……」
 「あの、俺本当に気が付いたら此処にいて、それで今の状況もいる場所も、なんでここにいるのかも全部、何もかも全部わからないんです。本当に」
 「……本当にわからないのかい?」
 「……はい」
 カールは目を細めて怜音を見つめた。
 その表情に嘘の色はなく、あったのは困惑と必死さであった。
 それまで緊張しっぱなしであった怜音の緊張がやっと少しマシになり、それまで必死に抑え込んでいた疑問が洪水のように溢れ出したのだろう。
 「ここは――」
 嘘を吐いていない、そう判断したカールが話し出す。
それは同情や憐みで答えを教えようとしたのかもしれない。
 しかし、カールの中には何かそれ以外の感情、目の前の茉莉木 怜音という少年の疑問に答えてやりたい、もしくは答えなくてはならない、そんな感情が湧きあがっていた。
 何処から湧き上ったのかわからないが、カールはその感情にどこか懐かしさを感じていた。
 カールの口が真実を紡ぐ。
 「ここは、いわゆる魔界と呼ばれるエリア――その中でもムーア大陸の東側、一般に魔人の魔界と呼ばれるエリア、その中枢。かの魔王 クオン・ハーディア・クロノシウスが建てた魔王城の城内だよ。君が気が付いたあの寝室はクオン様が使っていた部屋だ」
 「……え? なんて? は? え? ちょっと待って、え?」
 カールの答えに怜音の思考は混乱の渦に巻き込まれる事となった。 
数秒、怜音の思考がパンクして、完全に真っ白となる。
 思考も感情もまとまらない。
 何を考えていいのか、何を考えていたのかさえ見失った中で、怜音の口から自然と言葉が漏れていた。
 「――あの、もう一回お願いします」

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