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野菜仕入と販売をやってみて沸いた疑問(つづき)

「こんな長雨40年農業やってて、なかったわ。」と私の農家の師匠は息を吐きつぶやいた。植えていたジャガイモも水浸しで腐っていく様をそのまましておく悔しさも混ざっている。

そして私は100円野菜販売を継続する意思を固めた。諦めるには簡単。どうにかできないか?と考え、行動するところに何かチャンスが転がっている気がした。本来は私が作った野菜を届けたい。そういうコンセプトの軽トラ市でもあるのだが、私が植えた野菜も全滅だ。でも、好意で薬局の駐車場を貸してくれている仲間(社長)との約束も果たしたい。あと何よりも、最近徐々に毎週1回の軽トラ市を楽しみにしてくれている近隣のお客様に応えたい。

野菜の値段は高騰し、100円という価格はとても喜ばれるという確信はあった。近隣の介護施設の従業員さんも常連になっていただいた。その方々がまた施設にいるおじいちゃん、おばあちゃんのために料理を一生懸命つくっていることを想像するだけで、100円野菜で応援したい気持ちものかった。はっきり言うと、これはスーパーが失ってきた感覚ではないかと。商品を仕入れて、値をつけて、安定供給に努める。それはそれで素晴らしい仕組みだと思うが、その食材を誰が誰のために買っていき、料理をしているという現場には触れようもない。そういう周囲のスーパーの現状をみて、私は100円野菜での提供を続行するため、仕入れのために片道300㎞の宮崎を軽トラで目指した。経費はかけられない。もちろん下道だ。

宮崎は片道6時間。一人で休み休み走る。運転は苦手な方で、過去に居眠り運転で3回死にかけた経験もある。だから行くのはためらったが、何故か行くしかないだろうと、自分の中でエンジンがかかっていた。

噂には聞いていたが兎に角安い。仕入れ先としてこんなところがあったなんて、誰にも教えたくなくなるとともに仲のいい人間にはこっそり教えようかと思う場所を見つけた。その仕入れ先とも3週連続顔を合わせ、少しずつ信頼関係をつくっていった。

宮崎の夏野菜の価格は本当に魅力だ。長雨の影響などあまり受けておらず作物は良好に育っている。ここでようやく今回の私の疑問を述べたい。

例えば、30代くらいのファミリーを想像してほしい。お父さん、お母さん、10歳の子供、6歳の子供など。そのファミリーの晩御飯はカレーだとしたら、どのくらいの野菜が必要か。今回は旬の夏野菜カレーで考えてみた。

まずはスーパーで揃えるとしよう。買うものの家庭の味それぞれかもしれいないが、今回は、ナス、ピーマン、ニンジン、じゃがいもだとする。

8月上旬に私の感覚では、(前提:福岡市内のスーパー)、ナス2本220円、ピーマン5個入り160円、ニンジン2本200円、じゃがいも4コ300円。これにカレールー250円だとしたら、合計は1,130円だ。お気づきかもしれないが、ニンジン、じゃがいもは非常に高騰している。福岡といえど、青森、北海道のニンジンが入ってきている。

では、私の100円野菜だと、ナス2本100円、ピーマン5個入り100円、ニンジン2本100円、じゃがいも2個100円×2袋。ルーは売ってないが250円だとしたら、合計850円だ。野菜4つのみの単純比較だと、スーパー880円に対して、軽トラ市ならば500円だ。その差は、380円。

ちなみに私はこの100円で売ったことによる粗利益は約200円だ。しかし、私がここで思うのは、その380円の差は何か?である。野菜は農家の手を離れ、その時に市場に買われる。そして市場で取引され、そこでまた取引量が乗っかる。そして、また違う市場まで運ぶ運び賃。そして袋詰めして小分けにする場合はその手数料。様々な料金がのっかり、そしてスーパーで値付けされている。単純な話だが、私の仕入れは300円程度だ。それから食卓に届くまで2倍以上の値になるものなのか?

その間にあるもの、流通などをもって見直せるのではないかと思う。そういうことに疑問を抱き、少しでも旬の野菜をいっぱい食べてもらう環境をつくっていこうと考えている。

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