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【人怖】怒りの積載

コンビニの準夜勤帯アルバイトで、週2回ほどシフトが一緒になったIさんの話です。

準夜勤帯は22時〜2時という時間帯のせいか、アルバイトの募集にはいつも訳ありの人が集まってきました。

本業との掛け持ちで働く人も多く、あまりお互いの事情を話さないのが暗黙の了解になっていました。そもそも準夜勤帯はアルバイトが2人で回すので、黙々と集中して作業しないと終わらない仕事量です。
実際終わらずに居残りが当たり前だったので、そのせいか長続きせずに人はどんどん辞めていきました。
そんな中、何故私が辞めないで続けたかと言うと……当時大学生でコミュ障だった私にとって、必要最低限のコミュニケーションで済む空間が心地良く、どこか癒やされていたからでした。

アルバイトの中でも古参になってきたある日、オーナーに呼び出され「今度準夜勤帯に新しいヤツを入れるから、色々教えてやってくれ。」と頼まれました。
それが、Iさんでした。

オーナーは、悪い人ではないのですがデリカシーに欠けるところがあります。
帰省する家を持たない私にも「実家帰らないなんて親不孝だ。」とか(当時父を亡くしたばかり)、「こんな時間に働かなきゃならなくなるのは、余程日頃の行いが悪いんだな。」とか……自覚なく失言を重ねる節があり、実際オーナーと合わなくて辞める人も沢山いました。

更には気性も荒く、何で怒るかわからないこともしばしばです。
アルバイト初日にオーナーと組んで仕事をした時。物の置き場がわからなくて「これはどこに片付けるんですか?」と聞いたところ「やる気があるのか!?」と何故か急にキレられ、目の前のゴミ箱を蹴られて破壊されたことがあります。
今思うと何でその時にすぐ辞めなかったか疑問ですが、当時の私は内心爆笑しながら(何この人、面白い……!)と思っていたので、我ながら控えめに言ってヤバい人間でした。

さて、そんなオーナーから直々に任されたIさんは、まだとても幼く見えました。高校を卒業したばかりだというので、私とは歳があんまり変わらないはずでしたが、小柄で、なんだかあどけない雰囲気を纏っています。

オーナーから事前に聞いていた話では、Iさんは体は女性ですが心が男性で、男性ホルモンを打つための資金を集めるという理由でアルバイトをしたいと言って来たそうです。
当時はまだLGBTという言葉も社会に浸透しておらず、偏見もはるかに多い時代でした。
「そんなデリケートな話は、本人が自分から周りに言わない限り黙っていたほうが良いですよ。」と、それを聞いた時にオーナーに言いましたが、「男になるんだから堂々としてれば良いんだ!お前に偏見があるからそんなこと言うんだろう!」と聞く耳を持ちません。

その時に、もっときちんとオーナーを諌めることができたなら……と、今でも少し後悔しています。

たかだかアルバイトの志望動機。
いくらでも誤魔化すことはできたはずでした。そこをオーナーのような人間に素直に話すところが、Iさんの誠実さと若さを物語っていました。

初めてIさんと組んだその日。

教えながらの仕事なので当然時間内に終わらず、「ごめんね。ここの準夜勤は大体いつも時間通りに終わらなくて。」と謝ります。
「いえ、色々教えてくださりありがとうございます。」穏やかな口調のIさんに、私はホッとしました。

Iさんは穏やかな人でした。
大体仕事に関する愚痴やオーナーの悪口を言う人が多い中、優しく微笑み、お天気の話や芸能ゴシップの話……平たく言うと、当たり障りのない話をしていたのを覚えています。

自分自身の事情とか気持ちとか、そういう話をするのを避けているように思ったので、そこはお互いさまだなぁと思っていました。
お互いが傷を隠し合い、触れぬように過ごす時間でしたが、私はそれがたまらなく愛おしく感じていました。

Iさんが入って半年ほど経った時。
私はある異変に気付きました。
いつの間にかIさんのシフトがかなり増えていたのです。
昼間もシフトに入るようになり、ほぼ1日コンビニで働いているような状態になっていました。
どうやら、昼間のアルバイトの人が辞めてしまい、その代わりに頼まれ仕方なく働く流れになっていたようです。
それを聞いた時に、私はIさんが心配になりました。昼間はあのオーナーが常にいるため、嫌な思いをしているのではないか……と、思ったのです。

「男になるくせに、そんなこともできないのか!?」

ある日。

準夜勤帯の交代時、オーナーがIさんにそう言って大声で絡んでいるのを見て、愕然としました。あまりに酷い暴言に、思わず間に入って止める私に、Iさんはやはり薄く微笑み「大丈夫ですよ。いつものことです。」と言うのです。
それを聞いてまた、オーナーが調子に乗って「そうだよな!これくらい男なら堪えて当たり前だよな?」と暴言を吐きます。
(ほんとに最低……!)
一気に頭に血がのぼり、呪詛のような言葉を紡ごうとしたその時。
Iさんがそれを制するように「そうですね。じゃあ、僕そろそろ用事があるので失礼します。また明日。」と微笑み、去っていきました。
オーナーは「俺は男になるあいつを応援してやってるんだ。偏見を持つような人間とは違うんだよ。」と立ち去るIさんを見ながら言います。
(きっと何を言っても、オーナーにはわからないんだろうな。)そう思い、虚しい気持ちになったのを覚えています。

翌日。

Iさんも一緒に、準夜勤シフトでした。
その日のIさんはとても明るく、饒舌で、いつもは絶対に話さないような話題をどんどん口にします。その姿は誰が見ても、なにか良いことがあったのかな?と思うようなテンションの高さでした。
私も内心(良かった。大丈夫かなと思ったけど、きっと上手にストレス発散しているんだな。)と、安心していました。

仕事の終わり頃になって、レジの仮点検の作業が入ります。当時はまだ手作業でレジのお金を数えていました。
1つずつレジの中身を引き出して事務室に入り、電卓片手にコインカウンターに硬貨を詰めて、お札を10枚ごとにまとめながら数え……と、地味に大変な作業でした。
「仮点検入りますね。」
とIさんに声を掛け、レジのお金を持って事務室に入ります。机の上にレジのお金を置き、整理してから数え始め、いつものように記入をしていきました。

半分ほど数えた時。

キンッ

と、何か、空気が歪むような金属音のような、耳障りな音がしました。
その途端になんとも言えない嫌な感じがして。
驚いて、思わず手を止めて周りを見ました。

(なんだろう……。)

ふと、目に止まったのは従業員ロッカーです。
荷物を入れたり、制服に着替えたりするロッカー。
何故か、半開きになっています。

なんとなく。

ほんとになんとなく、ロッカーを閉じに向かいました。

扉に手をかけた時。


ドサッ


と、何かが倒れ、目に飛び込んだのは。

包丁です。

刃渡り20センチくらいの包丁。

それがむき出しのまま入った鞄が、落ちた音でした。
(Iさんの鞄だ。)
それは、いつもIさんが持っていた鞄。
思わず拾いながら中身を見てしまいました。

包丁2本。

と、ペットボトル。

中身は薄いオレンジで、一見お茶のようにも見える……でも違う。微かに感じるこの臭い。
(これ、もしかして、ガソリン……?)
一気に寒気がしました。
(Iさん、わかるけど…………わかるけど、それは駄目だよ。)
スッと、悲しみとも怒りともつかない感情で、頭が逆に冷静になりました。

鞄を丁寧にロッカーに戻して仕事に戻り、仕事を終えてからIさんを捕まえて、しっかり目を見て私は言いました。
「もう、明日から来なくて大丈夫だよ。」
Iさんの、笑顔が消えます。
「制服、置いていって。もういいから。オーナーには私が話をつけるから。だから、辞めよう?」Iさんは、しばらく私を見つめていましたが、やがて何か安堵したように頷きました。
素直に制服を私に差し出して、「すみません、僕……。」と、言葉を詰まらせます。
私は、「大丈夫だから。もう、こんなところ、来なくて良いから。」と言いました。
そう、たかだかアルバイト。
辞めて良いし、気に病まなくても良い。
「あんな人のために、働かなくて良いから。もう忘れて。ごめんね、私、気付かなくて。」
ああ、良い言葉が全然見つからない。
「帰って。そして二度と来ないで。」
冷たく聞こえただろうか。
Iさんはまた、深く頷き、「すみません、ありがとうございます。」と言い、鞄を抱えて足早に去っていきました。

後日談。

私はオーナーと怒鳴り合いの攻防を繰り広げ、Iさんは無事にアルバイトを辞めることができました。
今度こそ呪詛のような言葉を吐き、私自身も辞めるつもりで食ってかかったので、もうどうにでもなれ!という投げやりな気持ちでした。
当然オーナーとは完璧に断絶、アルバイトも辞めることに……。
と、思いきや、何故かそこから「こんなに俺に色々言えるヤツ、初めてだ!感動した!」と言われ、逆に気に入られてしまい、(なんで!?やっぱり人の気持ちが全然わからない!!)と、衝撃を受けたのでした。

あれからもう随分経ったけど、Iさん、元気にしているといいなぁ。

これは私の実話です。

コンビニアルバイトのお話はもう一つあります。
興味のある方、こちらもぜひ。


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