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#3 カウンター席の近さ

 そこには肩ぐらいの黒髪の長さの女子高生が座っていた。
「あ、あの、今朝は水をかけてしまいすいませんでした!」
俺は急いで女子高生に謝った。
「あと、なにぶん慌てていて顔をしっかり見ていなく、すぐにお詫びの言葉をかけれなかった事もすいませんでした」
凄い慌てふためく俺とは正反対に女子高生はゆっくりと答えてくれた。
「そんな心配しなくても大丈夫でしたのよ。濡れたの足元でしたので。」
「そうですか、、、本当にすいませんでした。靴と靴下はしっかり乾かしておいて袋に入れておきました。今持ってきますね」
「あ、それよりも先に珈琲をお願いしてもよろしいでしょうか?」
少し笑みを浮かべながら彼女は言った。
「あ、はい、わかりました。少々お待ちください」
ふー、焦ったー。てか他にお客さんがいなくてよかった。今だけは開店休業の自分の店に感謝しながらグラスの中の水を一気に飲み干した。
 やかんに火をかけ、その間に珈琲の器具や豆の準備をし始めた。女子高生の方を横目で見ると、彼女は鞄の中から本を一冊取り出し読み始めていた。カウンターに人が座るのなんて久しぶりすぎて落ち着かない。さっきの出来事の後だからなおさらだ。
ブレンドの豆の計量を終えて電動ミルでの中に入れる。挽いてる間に焼き菓子の準備を終わらせ、湧いたお湯をカップと珈琲サーバーにいれ、残りをドリップポットの中に注いでやっと気分が落ち着いてきた。いつもの調子に戻りかけた時視線を感じて手元を見ていた顔を上げる。
「わ、し、失礼しました。」
顔をあげた先に女子高生の顔があって、慌ててしまった。ちょっと花のような香りがしたのは気のせいだ、、、。
「あ、ごめんなさい。興味があってつい覗き込んでしまいました」
「あ、いえ大丈夫ですよ。」
「ちょっと質問してもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ。なんでも聞いてください」
じっと見られるよりはマシだと思い俺はそう答えながら手を動かす。
「なんでお湯をわざわざ移し替えたのでしょうか?」
ジェスチャーをしながら彼女は聞いてきた。落ち着いた見た目と裏腹に好奇心と表現力は大きいのかもしれない。
「えっと、それはお湯の温度を早く下げるために移し替えてるんだよ。珈琲の支度の時間で一番時間がかかるのがお湯の温度を下げる事なんだ。大体90℃ぐらいがドリップの目安だと言われていて、移し替えるとそのくらいになるんだ。」
俺は温度計を入れて彼女の方に見せた。温度計は91℃を指していた。
「俺は87℃で淹れるからもうちょっと下げたいところだね。」
彼女は興味津々に温度計を眺めてうなずいていた。
「もしまだ何かあるなら出し終わってから聞くね。」
俺は残りの作業をてきぱきこなして彼女の前に珈琲セットを置く。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
「いただきますわ」
その言葉を久しぶりに聞いたかもしれない。きっと他の客も言ってたりするんだろうけど、さすがにテーブルからここまで聞こえる声で言う人はいないだろう。たまに元気な子供が楽しそうに言うのが聞こえるくらいだ。
改めてカウンター席の近さを感じた。この後は珈琲談議に少し花を咲かせてたのだが、客が入ってきたので中断せざるおえなかった。俺は後ろ髪をひかれながら客が座った座ったテーブルへメニューを置きに行く。


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