心を動かされる珠玉のサントラ盤(6):「終電車」他(ジョルジュ・ドルリュー)
「ドラマティック・アンダースコア」のサントラ盤を毎回紹介しています。
「ドラマティック・アンダースコア」とは、映画の中のアクションや、特定のシーンの情感・雰囲気、登場人物の感情の変化などを表現した音楽のことで、「劇伴(げきばん)音楽」と呼ばれたりします。
今回ご紹介するお薦めのサントラ盤は――
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終電車 LE DERNIER MÉTRO
隣の女 LA FEMME D'À CÔTÉ
日曜日が待ち遠しい! VIVEMENT DIMANCHE!
作曲・指揮:ジョルジュ・ドルリュー
Composed and Conducted by GEORGES DELERUE
(フランスMusic Box Records / MBR-170)
「華氏451」「黒衣の花嫁」「映画に愛をこめて アメリカの夜」「アデルの恋の物語」等のフランスの映画監督フランソワ・トリュフォー(1932~1984)の晩年の3作品に、彼の盟友であるフランスの作曲家ジョルジュ・ドルリュー(1925~1992)が作曲したスコアを集めたCD。
終電車
「終電車」は、1980年製作のフランス映画(日本公開は1982年)で、出演はカトリーヌ・ドヌーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ジャン・ポワレ、アンドレア・フェレオル、ポーレット・デュボスト他。第二次大戦中、ドイツ軍占領下のパリで、夫であるユダヤ人の劇場主をナチスからかくまいながらも、パリ解放の日まで舞台の上演を続ける美しい女優マリオン(ドヌーヴ)を描くドラマ。1980年度アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされ、同年のセザール賞の作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚本賞、音楽賞、撮影賞、音響賞、編集賞、美術賞を受賞している。
ジョルジュ・ドルリューのスコアは、パリ市民の粋なエスプリを体現したような、明るく快活でノスタルジックなワルツ調のメインタイトル「Générique」が、いかにもこの作曲家らしい優しいタッチで、非常に美しい。時計が時間を刻むような表現のサスペンス音楽「À la Propagandastaffel」等、中盤の劇伴音楽も効果的。メインの主題の静かにジェントルなアレンジメント「Marion et Lucas」も、心が洗われる。
隣の女
「隣の女」は、1981年製作のフランス映画(日本公開は1982年)で、出演はジェラール・ドパルデュー、ファニー・アルダン、アンリ・ガルサン、ミシェル・ボームガルトネル、ロジェ・ヴァン・ウール他。妻と幼ない息子とともに平穏な日々を送っていた32歳の男ベルナール(ドパルデュー)と、偶然彼の隣に引越して来たかつての恋人マチルド(アルダン)との激しい愛と葛藤を描くドラマ。
ドルリュー作曲のメインタイトル「Générique début」は、ドラマティックかつサスペンスフルなタッチ。「Le secret de Madame Jouve」等でのメランコリックな主題や、「Garden-party」でのライトなダンス・ミュージック、「La violence de Bernard」での緊張感のあるサスペンス音楽と、ドラマ性の高いスコアが展開。
日曜日が待ち遠しい!
「日曜日が待ち遠しい!」は、1982年製作のフランス映画(日本公開は1985年)で、出演はファニー・アルダン、ジャン=ルイ・トランティニャン、ジャン=ピエール・カルフォン、フィリップ・ローダンバッシュ、フィリップ・モリエール=ジュヌー他。原作は、チャールズ・ウィリアムスの『土曜を逃げろ』。南仏ニース近郊の町にある不動産会社で秘書として働くバルバラ(アルダン)が、社長ヴェルセル(トランティニャン)の狩猟仲間で、ヴェルセル夫人の愛人だった男の殺害事件に巻き込まれていくサスペンス。トリュフォー監督の遺作で、1983年度英国アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされている。
ここでのドルリューのスコアは、明るく快活なタッチのメインタイトル「Ah! Barbara (Générique début)」で始まる。その後も、ドラマティックでスリリングな「Allons voir Nice!」、緊張感のあるサスペンス音楽「Mort de Louison」、荘厳なオルガンによる「L'enterrement de Massoulier」、アコーディオンによる快活なタンゴ「Tango de la rue chaude」と、カラフルに展開していく。
トリュフォーとドルリューのコラボレーション
ジョルジュ・ドルリューは、この3作品以外にも、フランソワ・トリュフォー監督と「ピアニストを撃て」「突然炎のごとく」「二十歳の恋」「柔らかい肌」「恋のエチュード」「私のように美しい娘」「映画に愛をこめて アメリカの夜」「逃げ去る恋」と、多数の作品で組んでいる。
ドルリューは1992年に67歳で惜しくも他界しているが、彼が生前にロス・アンジェルスのUCLAで映画音楽について語った公開講座に出席したことがある。早口でまくしたてる彼の語り口は情熱に満ち溢れていて、彼の作曲する情感たっぷりの音楽のイメージそのものであった。それまでサントラ盤のジャケットの写真等から、非常にがっしりした大柄な人物という印象があったが、講座の際にドルリューが偶然私のすぐ前の席にしばらく座っており、非常に小柄な人物だったのはちょっと意外だった。英語はあまり得意ではなさそうで、講座中はずっと通訳付きだった。
この時のドルリューの話によると、トリュフォーと組んだ作品では、彼から撮影前に脚本を渡されて、特定のシーンに付ける音楽を事前に作曲することが多かったという。トリュフォーはドルリューが作曲し録音した音楽を、そのシーンの撮影時にプレイバックしながら演出した。つまり俳優たちは、最終的にそのシーンに流れる音楽をリアルタイムで聴きながら、演技ができたわけである。
通常の映画制作プロセスでは、作曲家が呼び込まれるのは、撮影や編集が完了した後のポスト・プロダクションの段階である。トリュフォーとドルリューのケースのように、映画制作のかなり初期の段階から作曲家が参加することはあまりなく、アルフレッド・ヒッチコック監督とバーナード・ハーマン、デヴィッド・リーン監督とモーリス・ジャール、セルジオ・レオーネ監督とエンニオ・モリコーネ、スティーヴン・スピルバーグ監督とジョン・ウィリアムス、フランクリン・J・シャフナー監督とジェリー・ゴールドスミスのように、監督と作曲家の間に長年の信頼関係が築かれている場合に限られている。しかもドルリューの場合は、撮影前に作曲してしまうのだから、よほど監督から信頼されていないと無理であろう。
ワイルド・ブラック2/黒い馬の故郷へ
UCLAの講座では、ドルリューが音楽を担当したいくつかの映画のシーンのプレゼンテーションがあった。トリュフォー監督の映画ではないが、このとき最も印象的だったのは、「(未公開)ワイルド・ブラック2/黒い馬の故郷へ(The Black Stallion Returns)」という作品でのホース・レースの場面のスコアだった。
これは主人公の少年が彼の愛馬を駆ってもう1頭の馬と競争するシーンの音楽だが、通常この手のシーンには、馬の疾走のリズムに合わせたスピーディで躍動的なアクション音楽をつけ、レースが進むにつれて音楽もフランティックに盛り上がっていき、ゴールを突破した瞬間に高らかにファンファーレが鳴り響く、というのが常套手段である。ところが、このシーンにドルリューが書いた音楽は、それとは全く正反対の、実にゆったりとしたテンポの繊細で優雅で美しい主題であり、レースそのものよりも少年と彼の愛馬との心の通い合いを描写した音楽となっている。いかにも彼らしいアプローチであり、音楽自体も非常に感動的で素晴らしいものだった。
ところで、この講座の夜、同じフランス人作曲家でドルリューと並ぶ名手であるフィリップ・サルドが、近くのレストランで食事しており、ひょっとすると途中で抜け出して講座に参加するかもしれないという情報があったが、結局彼は現れなかった。実現していれば「French Composerの夕べ」になったところで、ちょっと残念だった。
映画音楽作曲家についてもっと知りたい方は、こちらのサイトをどうぞ:
素晴らしき映画音楽作曲家たち
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