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お猫さまとアタシ

猫を飼っている。
震災の前年から飼い始めたので
もう、12歳になる。
1歳前に去勢したので、
いつまでも子猫のような、おぼこい顔だ。
気分も子猫のまま。
尻尾を高々と持ち上げ、お尻の穴を見せびらかして甘える。

子どものころから、実家では猫を飼っていた。
ペットとしてではない。
田舎の漁師町では、当たり前だったと思うけど
ネズミ除けのためだ。
古びたボロボロの屋根裏では、よくネズミが運動会をしていた。
猫を飼っているお宅は多かったけど、野良ネコも多かった。
漁師町だから、猫が食べ物に不自由することは、
もしかしたら、少なかったのかもしれない。

子どものころ、アタシが一番好きで印象に残っている猫。
ご近所からもらった、白地にキジトラのオス猫。
とっても利口で、登校するとき、学校までついてきた。
下校すると家の前で待っていてくれた。
その猫が、あろうことか便所に落ちてしまったのだ。
(トイレではない、あえて言おう。便所と。)

夏休みの、ある朝だった。
ラジオ体操がなかったから、日曜日だったと思う。

朝起きて、便所に入ったらどこかで猫の鳴き声がする。
あまり気に留めなかったが、家族がみんな
「猫がどこかで鳴いている。」と、言う
何処で鳴いているんだろうと、鳴き声の元を調べたら
便槽の中で鳴いていたのだ。
なんてこと!!

家族全員で柄杓を使って助け出した。
生温かい雨が降る朝だった。
海岸へ連れていき、砂浜の生温かい海水で身体を洗ってやった。
臭いはいつまでも取れないし、真っ白な毛並みは
可愛そうに、すっかり黄ばんでしまった。

アタシが、もしあの時の猫だったら、
と、思うと心底ぞっとする。
臭くて、汚くて真っ暗な穴の中で汚物にまみれ
呼んでも叫んでも誰も気が付いてくれない。
このままここで最低の死に方をするのか?
そんな絶望。
やっと助かったと思っても、ぞんざいに扱われて
猫は知能が高い動物だから、さぞかし傷ついただろう。
しばらくの間、家に戻って来なかったた。

便所に落ちたという事故が、猫の心身に及ぼした害は
結構大きかったと想像できる。

ある晩、フラッと外出したっきり、戻らなくなった。
きっと、どこか静かなところで最期を迎えたのだろう。

だからというばかりでは、ないけれど
アタシは実家が好きではなかった。
建て替えて、その当時の家とは違うけど
相変わらずの汲み取り便所。
いつも心のセンサーをすべてOffにて用を足した。
両親は、もういないのであの家に行くことは、無い。

そういえば、母も亡くなる寸前まで猫を飼っていた。
昔は猫の餌といえば、人間の食べ残しや、
だしを取った後の煮干し、魚の頭やなんかだった。

母はちゃんとキャットフードを与えていた。
田舎の猫事情も時代とともに変わるんだなぁ。
感慨深い一瞬だった。

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